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2006年04月26日 |
●シリア、クネイトラの傷跡
シリア、ヨルダン、レバノン、イスラエルの4カ国に囲まれていりるゴラン高原は、常にイスラエルとアラブ諸国の戦争があるようです。
そのゴラン高原の一部にあるクネイトラ[Quneitra]は、1967年にイスラエルに占領され、1974年にはイスラエル軍撤退の際に爆撃された街なんです。現在は、国連監視下の非武装地帯。
イスラエルの残虐行為の記録として、アサド前大統領はクネイトラの襲撃跡を修復せずに残しているんだそうです。私たちのような観光客も、シリアの内務省で許可をもらえれば、公認ガイド付きで訪れることができると聞いて行ってきました。
ダマスカスからバスを乗り継いでいくこと、約1時間30分。ゲートのある敷地に着いて念入りなパスポートチェックを受けたあと、ガイドさんと一緒に、町を歩きはじめました。
壁や屋根が壊れたボロボロの商店が続く道路。床一面にがれきが散らばっている教会、崩壊寸前の大寺院、壁一面に銃弾跡が残る学校・・・。まるで広島の原爆ドームがいくつもあるような光景でした。32年前に、ここで多くの人が生活していたと想像すると、恐ろしさに包まれてきます。
今は誰も生活していないクネイトラの街。木や草、花がたくさん咲いていて、破壊された建物だけが、冷めた空気に覆われて、殺伐とした雰囲気になっていました。
私もきょうさんも何も話せなくなり、ただ見つめて歩くだけ・・・。
最後に病院へ行きました。壁にはマシンガンを無数に浴びた銃痕、、、私は息ができなかった。頭がクラクラしてきました。平和ボケしている私にはショックすぎて、言葉も出ませんでした。映画の中のシーンではなく、目の前にある戦争の傷跡。
戦争は、いったい何のためにするのだろう・・・? 誰が喜ぶことなんだろう・・・?
空から、地上から、約ニ週間に及ぶ爆撃だったそうです。戦車やブルドーザーで徹底的に破壊し、銃で撃ちまくり、いったい何人の人がここで亡くなったのでしょうか。せつなく、つらい想いばかりが頭を駆け巡っていました。
このクネイトラの訪問は、私たちにとって忘れてはいけないことだし、これからもこの襲撃跡を残して一人でも多くの人に傷跡の悲惨さを伝えていく必要があると思いました。
世界のいくつもの街では、今も戦争が起こっています。中東では、テロや宗教問題がよく話題にあがります。とても身近に感じる戦争。学校の授業でしか聞かなかった戦争の出来事は、こうして目の前にして肌で感じます。
豊かなリゾート地など世界を旅したり、テーブルに乗り切らないほどの贅沢な料理を食べたり、何万円もするアクセサリーや衣服に身を包んだり・・・ そんな中で暮らしている私たちは、こういう現実があることを知っておかないといけないと思いました。
「せかたび」サイトを通じて、写真や言葉で伝えていく・・・ 私たちにできることのひとつだと思っています。
このクネイトラの街で亡くなった方へ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
たかさん♀
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