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2005年06月27日
●「ロシアバレエ」の鑑賞術

初めて、見ました!バレエというものを!

私たち夫婦は、世界一周旅行の前にスポーツジムに通っていたんです。日本で体力づくりのため3ヶ月間!たくさんあるクラスの中で、バレエは体験さえもしなかった・・・ それくらい、縁を感じていなかったのです。バレエというものに・・・。

しかし!せっかくロシアに来たのだから・・・ということで、まずはモスクワにある名高い「ボリジョイ劇場」へと足を運びました。さすが、立派な建物!!
さてさて、今夜のロシアバレエの入場料は・・・っと見ると、2,800ルーブル!!ひとり1人およそ10,640円もするんです!
そりゃ、日本で見るよりは、格安なんだろうけど、貧乏旅行の私たち夫婦には、大金!!結局、断念してしました。
そんな事も忘れ、次の都市のサンクトペテロでは、少し時間があり、のんびり街を歩いていると、またまた劇場がたくさんあるではありませんか!時間もあることだしということで、まずはインフォメーションに行って詳しく聞くことに。チケットの買い方や相場などを教えてもらい、いざチケットショップへ。

英語が通じないチケットショップでは、根気よく図や絵で会話をし、本日のロシアバレエのパンフレットを指差し、金額を聞くと750ルーブル2,850円くらい。ん・・・正直悩む微妙な金額。やっぱり今回はあきらめよう・・・と決断。。。
最後にもう一度、一開始時間を聞くと、係りの方がなにやらパソコンとにらめっこをして「150P」と紙に書いたんです。

んん!!もしや150ルーブル??570円!ええー!!

600円足らずでロシアバレエが見れるぅ〜?

「場所は2階で端のほうだけど」と、あとで付け加えられたような感じだったが、ふたりとも「即、OK!」 やったー!!思わず、私は飛び上がってしまった。開始時間は夜8時。10時までの2時間が鑑賞タイム。ワクワクドキドキしながら、時間を待ちました。

確かにボリジョイ劇場よりは建物や広さはおとるけど、雰囲気は十分に堪能できる。一番に入場し、席はというと・・・2階の端っこ。かなり見えにくい。しかし!開始時間とともに、空いている席をロシア人たちは、どんどん、真ん中に詰めていく。私たち夫婦も同じように、空席をつめていくと、結構見やすい場所まで移動できたんです。ラッキー♪

ロシアバレエのテーマは「くるみ割り人形」。
バレエの知らない私たちでも音楽だけは、聴いたことがあり、ドラマ形式になっているロシアバレエは、とっても楽しかったです。二人して「感動した!」って言いあってました!

舞台の手前では、バレエと共に、生のオーケストラ演奏があるんです。その迫力はすごかったです。狭い会場ではとっても響き、いい体験をさせてもらいました。

それも570円で!いい時間でした。そして、とても優雅な時間でした。

今度は、自分でバレエに挑戦してみようかなっ??

たかさん(♀)



2005年06月26日
●エルミタージュ美術館の緑

サンクトペテルブルグの楽しみはエルミタージュ美術館だ。

滞在時間の都合もあって、午後からの見学になったが、それでもたくさんの人がやってきていた。建物の緑と園内の緑が、とてもマッチしている。広い館内は、世界の地域ごとに部屋が分かれている。風景、肖像画、キリストを描いたものなどの絵や、銅像などの彫刻、宝石、絨毯などが展示されている。全部歩けば30キロ近くになるらしい。

どちらかと言うと、美術館へは行かないタイプだ。モスクワの「クレムリン武器庫」にしてもそうだが、博物館や美術館といった芸術品に関してはとくに疎い。(すごい!)と思うのだが、博物館や美術館で何をじっくり見るのかあまりよく分かっていない。フランスワールドカップ添乗でルーブル美術館を見学したときもそうだった。ただ、世界三大美術館という言葉に弱い。中身よりも、そんな言葉の価値に左右されてしまっているところがある。

そんなボクが楽しみにするのが、レイアウト。

美術館に来て、レイアウトを見るなんて!と怒られるかもしれないが、ボクはじっくりとレイアウトを見ている。大きさの違う絵をひとつの壁面にどう並べているのか、いくつもの銅像や彫刻をどんな順番にしているのか、どうやって見やすい順路を作っているのか、そんな「見せ方」に注目していた。大きな絵は、壁面に一枚だけなので、レイアウトも何もないし、特に決まったパターンなんてないようなのだが、空間をたっぷり使った「見せ方」はヒントになった気がする。

もうひとつのレイアウトは、風景画の構図だ。ボクは写真を撮るのが好きだ。エルミタージュ美術館で展示されている多くの作品が、どんな構図で描かれているのか、そんなコツを撮影アングルのヒントにした。もちろん、作者によって作品の調子は異なるが、光と影の微妙なバランスが克明に描かれているので、これはとても参考になった。今後の撮影にも役立てたいと思う。

昨日、「クレムリン」を歩きまわっていただけに、連日の鑑賞はさすがに足腰にこたる・・・。それでも、少しは目は肥えただろう。自己満足にゴージャスな気分を感じている。2007年アメリカ訪問では「メトロポリタン美術館」を見学して、世界三大を制覇したい。そのときは、何に注目しているのだろうか、今から楽しみだ。

きょうさん♂


2005年06月25日
●クレムリン武器庫の財宝

「クレムリン」と「赤の広場」。言葉は知っていても、何がどうなのか知らなかった。

どうやら、「赤の広場」はパブリックスペースなので自由に出入りできるが、横の「クレムリン」は入場料がいる。モスクワ滞在時は「赤の広場」で記念式典などのイベントを開催していたので、残念ながら立ち入り禁止状態。その分、「クレムリン」をたっぷり満喫してきた。

「クレムリン」の中には、いくつもの教会があって、それらが見学できる。キリスト教には詳しくないのだが、その造りがすばらしい。外観は写真で見たことはあったのだが、ほとんどの教会の中は、壁面すべてに絵が描かれているのだ。キリストをあらわす絵や物語など、広い教会内を天高く、ずぅっと、上までだ。それも凝った絵がぎっしりと。

まぁすごい!指揮した人もすごいが、描き続けた人がすごい!

細かい作業だったと思う。何人で描きあげたのか分からないが、きっと何年もかかったのではないだろうか。もしかすると一生かかって描いていたのかもしれない。そんなことを想像すると、ひとつの仕事を続けていくことの尊さを感じた。

オプションで「武器庫」も見学できる。博物館見学なんて、どちらかと言うと性に合わないのだが、一生に一度来るか来ないかと思うと、奮発して入ってみた。

感想は・・・

エクセレント!!!

切符を買うまで、「高いなぁ・・・」「どうしよう・・・」と悩んでいたのがバカらしく感じるくらいよかった。

食器、宝石、よろい、銃刀など、どこから集めてきたの?と驚く量が展示されている。食器なんて、使いやすさが一番と思っているのだが、展示されている食器類は、どう見ても使いにくいものばかり。銀を中心に使った食器なのだが、重そうだし、デザインが凝りすぎていて、洗うのが大変そう。どうやって使っていたのか不思議だった。銀や金を使った、宝石類は目を疑う輝きをはなっている。馬につける宝石まであるのだから驚きだ。価値が分からないのがもったいない話だが、シンプルイズベストの考えを覆されるような新鮮さがあった。

一番のお気に入りは、馬車コーナー。ボクは、シンデレラの物語に出てくるような馬車を実際に見たことがなかった。あの世界の馬車がずらりと並んでいるのだ。すんごいゴージャスなのだ。(すごい、すごい・・・)とため息ばかりだった。当時の人は、これらの馬車に乗って、何を考えていたんだろうか。車輪に残っている深い傷が、数多くの道を走ってきたことを物語っていた。

「武器庫」の展示物に近づきすぎると、ブザーが鳴る。各部屋に常駐スタッフがいて、管理されている。「クレムリン」内も、通行可能領域とそうでないところがはっきりしていて、ちょっとでも、出ると、警備員に笛を吹かれて注意されている。写真撮影は自由だが、しっかりと管理されている。10時半に入場して、昼食抜きで退場したが16時半。「武器庫」だけでも1時間半も見学していたのだから、よくがんばったもんだ。足はパンパン・・・ いいものをたっぷり見せてくれる「クレムリン」であった。

きょうさん♂


2005年06月24日
●モスクワの地下鉄は迷路

シベリア鉄道を降りると、あまりにも違う世界だった。浦島太郎の世界に例えると、竜宮城にやってきたような感じだろうか。それくらいイルクーツクとモスクワは違っていた。

まず人の量が違う。モスクワの道を歩く人の数は、圧倒的に多い。バックパックを背負って歩くと、邪魔で仕方がない。それはシベリア鉄道到着駅周辺だけではなく、それ以外の街でもそうだった。空から見れば、「ウォーリーを探せ」状態だ。

イルクーツクでは、ロシア人よりボクらのほうが歩くのが速かった。それが、モスクワでは抜かされっぱなしだ。(ロシア人って、こんなに歩くの速いの?)と思った。端正の整った顔立ちのロシア人が、後ろからやってくることを意識して通路を譲るのが必死だった。

もっとビックリしたのは、地下鉄だった。

最初に乗るときは、正直言ってビビった・・・。

モスクワの地下鉄は、地上からずっと深くを走っている。日本より、エスカレーターのスピードも速いので、どきどきする。スキー場に到着して、はじめてリフトに乗るときみたいだった。エスカレーターはとても長い。一番下は見えない。5分くらい乗っていたのではないだろうか。止まる人は右側、抜かす人は左側と整列されている。光はうす暗いので、最初は、不気味な雰囲気にも感じた。

地下の通路は、ブロンズ像や彫刻がずらりと並んでいる。(おぉ〜すごいなぁ・・・) ちょっとした美術館のようだった。それでも立ち止まる人はまったくおらず、みな足早に通り過ぎていた。行き先表示板や車内アナウンスは、ロシア語のみ。何を言っているのか分からない。だからロシア語での駅名を知っておかないと目的地へは行きにくい。乗り換えなんて、少ないヒントを元に、ゴールを目指すスタンプラリーのようだった。

そんな地下鉄だが、何度も乗っていると慣れてくる。乗り換えも簡単だ。車内も日本と同じ。ラッシュアワーも日本と同じだ。眠っている人、本や新聞を読んでいる人、笑いながら喋っている人。地下なのでか、北京のバスでよく見かけた携帯メールをしている人は、さすがにいなかった。

バックパックを背負っていてもいなくても、ほぼ全員がボクらを見ている。それくらい珍しい人種なのだろうか。それさえ気にしなければ、路線も多く、便利な地下鉄だ。世界一の国ロシアの首都にふさわしい雰囲気が地下鉄で感じられる。

きょうさん♂


2005年06月23日
●祝!シベリア鉄道乗車C

DSCF4722.JPG「77時間」。

終わりが近づくと、あっという間の気もする。時間の使い方は、睡眠50%、会話20%、読書20%、食事10%といったところ。乗った瞬間は狭く感じるコンパートメントだが、降りるときにはすっかり自分の空間にしてしまっている。だから、離れるのはさみしい気持ちまで感じるくらいだ。

一番の楽しみは、列車が駅に停車するとき。

数時間おきに停まる駅が憩いの時間。このときばかりは、‘おり’から開放された動物のようにホームに出て背伸びをするのが習慣だった。もちろんボクらだけではなく、ほとんどの乗客が、新鮮な空気を吸おうとリフレッシュしていたようだ。ホームに降りると、その街の雰囲気が感じられる。大きな街、小さな街、人々が行き交う街、そうでない街。食べ物やお土産品を売りに来ていたりもしている。短い時間であるが、ぶらりと散歩しながら、カメラのシャッターを押していた。

乗客がどれほどトイレに行きたくても使わせてくれない(笑)車掌さんは、列車停車時は、階段の手すりなどを磨いていて、とても仕事熱心だった。車掌さんはロシア語しか話せない人がほとんど。それでも、時間を重ねるごとに、笑顔のコミュニケーションができていくのだから、時間の積み重ねが大事なことも分かる。

DSC_0552.JPGひげが剃れない。だから、ぼうぼうだ。これじゃぁ、まるでドロボウ面。鏡を見なければ我慢はできるが、それでも頭はカユくなる。(シャンプーしたい!)そう願っていた。スーパーのビニール袋3つに大量に買い込んでいた。(買いすぎかな?)そんなことを気にしていたが、きれいに食べたことを考えると、いい買い方をしたようだ。

最後の停車駅を発車した。あと3時間後にはモスクワに到着する。「ロシアの首都、モスクワ」。(いったいどんな街なのだろう?)。そんな期待感が沸いてくる。シベリア鉄道を走っている77時間で、ロシアを感じる心構えをつくっているような気になる。

コンパートメントにこもっていては、何も感じることはないかもしれない。

食堂車に行ってみたり、停車駅で降りたりする。いろいろ動いてみることが、このシベリア鉄道を楽しむこと、ロシアを感じることだと思う。


『祝!シベリア鉄道乗車』、完

きょうさん♂


2005年06月22日
●祝!シベリア鉄道乗車B

DSCF4685.JPGロシア語を話せる旅行者は、まだ少ないようだ。 英語を話せる人がいないだろうか?そんなことを思っているのはボクらだけではないようだった。
狭い通路を歩いていると、声を掛けられた。

「あなたは旅行者ね。どこから来たの?」
「あら?日本なの。つい数日前まで日本に行っていた男性が私と同じコンパートメントにいるわ」

そう明るい笑顔で話しかけてきた、イギリスから来ているサラという女性だった。そして彼女のコンパートメントに行くと、やさしい表情をした男性が座ってた。彼の名はグラハム。彼もイギリス人だ。偶然にもイギリス出身のふたりが同じコンパートメントになったようだ。

そして、グラハムが2週間前に東京へ行って、その後ウラジオストック、イルクーツクと旅をし、モスクワを目指していることを聞いた。サラはモスクワまでは行かないようだ。また話そうと約束をして、その場は、あいさつ程度の会話で終わった。後で食堂車に行くと、サラとグラハムがいた。別の車両のイギリス人デビッドと、アメリカ人デビッドと4人で食事をしていたのだ。

ロシア語がさっぱり解からない中、英語で話せることはなんて気が楽なんだ!と思った。

DSCF4735.JPGそこへアメリカ人カップルのアンドリューとアリソンがやってきた。そう彼らとはすっかり仲良くなっていた。それもそのはず、北京からウランバートルへ向かう食堂車で同じテーブルとなったのが出会いだった。その後、ウランバートルのインターネットカフェで再会し、さらには、イルクーツクのバイカル湖のカフェでも三度会って、同じ列車であることを確認していたのだ。お互い(よく会うな!)と爆笑しながら、自己紹介をし合った。

オーストラリア人の女性、スイス人の男性も来て、皆で10人。食堂車は、バイカル号に乗っている外国人が勢ぞろいしたのではないかと思うくらいだった。このメンバーが集まったのはこの昼だけではなく、その夜も、次の日の昼も、夜も出会っていた。ちょっとした英語空間だったような気がする。表情豊かにビールを楽しむテーブルは、周りで目つきが変わるくらいにお酒を飲むロシア人のテーブルとは違っていたような気がする。

ボクらは、イギリス人からたくさんの情報をもらうことができた。きっと、8,9月のイギリス訪問に役立ちそうだ。余りある時間、英語の単語も教えてもらって、実りある時間であった。

DSCF4737.JPG久しぶりにビールを飲むと、トイレが近くなる。

だから、飲みすぎには注意!

シベリア鉄道は駅の到着前と発車後はトイレにカギがかかる。(漏らしそう・・・)そんなジェスチャーをしても、容赦はない。笑いながらも、使わせてはくれない。まるで罰ゲームのようで、このときばかりは、車掌を恨みたくなった(笑)。到着時間を見極めて、トイレに行っておかないと、ボクのように苦しい思いをする。自己管理が大切な列車内である。

きょうさん♂


2005年06月21日
●祝!シベリア鉄道乗車A

DSCF4662.JPGボクらがコンパートメントに入ったとき、スーツ姿の男性が窓の外を見ていた。乗客のひとりだ。

「キョウジです」。

そう手を差し伸べると、「アングレイ」と言って、照れくさそうに微笑みながら、握り返してくれた。無表情なイメージが強いロシア人だが、アングレイの場合は、どことなくやさしい雰囲気を感じた。彼の第一印象だった。英語はあまり話さないそうだ。

「旅行者なの?」とアングレイ。

「そう、モスクワまで行くの。あなたは仕事?」ボクは言った。

「まぁね、途中のクラスノヤルスクで降りるんだ」

DSCF4647.JPGアングレイは3泊ではなく、ほんの1泊ということらしい。あとで聞いたら、普段の移動は飛行機だが、この日は運航されていなかったので、はじめてバイカル号を使うことになったらしい。ボクらにも、なぜ飛行機を使わないんだ?と不思議がっていた。確かに移動時間の長い列車は退屈に感じるかもしれない。それでも異国の列車に乗るということは、未知の空間を感じることができて、旅情をかきたてられるのだ。

ともに、たどたどしい英語での会話だった。アングレイは窓の外を見つめるので、その会話以降、お互いの時間を過ごしていた。日が暮れ、最初のカップラーメンの夕食を終えたころ、アングレイが部屋を出て行った。

しばらくして戻ってくると、手に持っているのは、チェスだった。そしてベッドの下から上にいるボクを見上げて、「チェスやらないか?」と言ってきたのだ。

(おぉ!なんて気が利くんだ! ぜひやろうじゃないか!)

なんて言いたかったが、やり方を知らない。昔、チェス入門を読んだことはあるのだが、習得はしていない。将棋ならできるんだが、チェスのやり方をイチから教えてもらえるほどの余裕はなかった。

苦笑い。残念だけど、丁重にお断りをした。その後、アングレイはロシアのことを聞いてきた。「ロシア、好きかい?この国、どう思う?」。

ボクは驚いた。イルクーツクでロシア人と関わる限り、どことなく冷たい印象を持っていた。だからロシア人は、自分の考えがすべてで、他人の意見など聞かないタイプだと勝手に思っていたからだ。それだけに、(これはロシアを知るいい機会だ!)と思って、ベッドを降りて、彼と話をすることにした。

「日本ではあまりロシアの情報がないこと」「言葉の壁が大きいこと」「だからこそ、ロシアを知りたくてやって来たこと」などを伝えた。アングレイは、「ロシア人が英語を勉強していないのがこの国のひとつの問題なんだ」と言った。そんな客観的なコメントをするアングレイがまた意外だった。

DSCF4694.JPG22歳のアングレイは、弁護士だそうだ。「この国は貧しい。だから幸せになることが夢なんだ。でも幸せって難しいよね」。そんな話を聞いた。なんてしっかりした考えを持った奴なんだろう。ボクが22歳のときに、そんな考えを持っていただろうか?いや、恥ずかしながら、持っていない。。。共に流暢に英語を話せないので、ところどころ沈黙がありながらも、そんな話をしていた。

ボクもビールを飲みたくなって、買いに行こうとした。すると、アングレイが英語が伝わらないからと、ロシア語で車掌さん伝えてくれた。各号車にドリンクやスナックが置いてあるのもシベリア鉄道の特徴のひとつだ。しかし出してくれたビールは箱の中からで、決して冷たいビールではなかった。ボクは買わなかった。すると不思議な顔をしたアングレイ。「なんで買わなかったの?」。だって、冷たいビールはおいしくないからだ。

会話を続けていると、「ちょっと待ってて」と、アングレイはまた部屋を出て行った。そして5分ほどして戻ってきた。今度手にしていたのは、冷たいビールだった。「レストランにあったんだ。For you! 」。(いやぁ〜 まいったなぁ・・・ なんだか気を使わせてしまったみたい・・・) それでも、楽しそうな顔をしているアングレイの様子に甘えることにした。

ボクは、この旅で世界地図を持って移動している。アングレイは、その地図を見ながら、ロシアの魅力を語ってくれた。「ボクが住んでいるクラスノヤルスクも、おもしろい街なんだ。モスクワやサンクトペテルブルグよりも面白いと思うよ。今度、来ることがあったら、ぜひ連絡してね」。そう言って、メールアドレスと携帯番号を書き残してくれた。なんだか、うれしくなった。ほんの数時間しか話していないのに、そうやって迎えてくれるアングレイの気持ちがうれしかった。

DSCF4669.JPG翌朝、アングレイの降りる駅に近づいた。シーツを丁寧に畳み、ベッドを片付けるアングレイ。几帳面な男だ。シベリア鉄道の停車時間は長い。ホームまで見送ると、きれいな建物が見えた。「あれは○○なんだよ。あっちは○○なんだよ」。アングレイはホームから見えるクラスノヤルスクの街並みを紹介してくれた。クラスノヤルスクのことはまったく知らなかったが、彼のおかげで身近に感じることができた。もっと言うならば、ロシアという国が近くに感じたような気がする。

「モスクワでも気をつけてね。よい旅を!」。さわやかな笑顔とともに、さっそうと立ち去るアングレイ。スーツの後ろ姿がビシッと決まって、かっこよかった。いいロシア人、いい男、いい人間に会えてよかった。そしてこの写真を、彼のメールへ送る準備をしている。

きょうさん♂


2005年06月20日
●祝!シベリア鉄道乗車@

DSC_0518.JPGウラジオストックからモスクワまで「ロシア号」は6泊7日で走るらしい。ロシアという広い国ならではの鉄道だ。ボクらはイルクーツクへ寄ったので、モスクワまでの3泊4日を「バイカル号」に乗車した。

シベリア鉄道に乗ってみることは、この世界一周旅行でのひとつの楽しみだ。どんな車内なのか、何を感じ、またどんな出会いが待っているのだろう。3泊4日、77時間の鉄道の旅をご紹介する。



DSC_0560.JPGボクらは2等寝台を利用。11号車の「14」と「16」だった。「13」から「16」までの4つの寝台がひとつのコンパートメントになっている。ボクらはふたりとも上の段だったので、すでにふとんやシーツが敷かれていた。下の段は、自分で用意するようで、硬い台座のままだった。そしてテーブルには、水やジュース、チョコレートやクッキーまで置いてある。さすが、長時間の旅ならではのサービスだと思った。(あとで食べよう!)と思っていたら、翌朝、車掌さんに片付けられた。(なんだぁ、、、有料だったのか・・・)と残念。

車両には、前と後ろにトイレがある。紙もちゃんと用意されている。24時間使えるわけではなく、駅に停車する前後は使えない。車内は空調が効いている。すこし寒いくらいだ。これも列車停車時は、オフになるので、コンパートメント内はすぐに蒸し暑くなる。コンパートメント内の気温は変わりやすいので、体温調整は自分でしていく。

コンパートメント内の電気と、バッドの脇のライトがある。両方とも夜間しかつかない。下段は、窓の外からの日差しが入ってくるが、ボクらの上段は、入ってこない。だから日中はやや暗く感じる。そんなときは、通路に出て、シートに腰掛けよう。

停車駅の案内は、すべてロシア語。何を言っているのか分からないので、テーブルに置かれている停車駅案内表を見て、時間を確認して、どこを走っているのか、次の駅まで何時間なのかを把握する。日中は、コンパートメント内に音楽がかかる。ロシア音楽がほとんどのようで、知らない音楽ばかりだった。ボリュームも4段階くらいに調整できる。

中国北京からモンゴルウランバートルまで29時間、ウランバートルからロシアイルクーツクまで25時間、列車の旅には慣れてきたような気もする。食糧は、(これでもか!)というくらいに買い込んできている。今回もカップラーメンがメインだ。プリングルスはないけれど、お菓子や果物までバッチリ用意している。地図帳や「地球の歩き方・北欧」もそばに置き、旅の作戦会議に備える。洗面用具から、本、パソコンと、車内で必要なものは身の回りに置いた。

準備は万端!

(まずはひと眠りしよう)

きょうさん♂


2005年06月19日
●ここが我らのバイカル湖

「深さが世界一の湖」

イルクーツクには来たのは、そんな世界遺産バイカル湖を見てみたかったから。

バイカル湖の主要街リストヴァンカまでは、イルクーツクからバスで2時間。しかし、ルーブルへの換金手続きに手間取ったため、朝のバスには乗れずじまい。乗り合いタクシーで向かう方法もあったのだが、乗客を探す時間を失いたくなかったので、奮発してタクシーで行くことにした。

幸運にも英語を話すドライバーさん。ロシア語しか話さないというイルクーツクのロシア人が多い中、大変助かった!時速100キロも出してくれ、1時間ほどで到着した。時間をお金で買った感じだ。

いざ、バイカル湖が見えてくると、ハンドルを握る彼がこう言った。

「This is our famous lake, Baikal.」

「our(我らの)」を使うところがびっくりした。また、バイカル湖で獲れる魚、オウムリを、「世界一の魚」と説明するところも、この湖をいかに愛している様子が伝わってくる。そうやってプラスアルファのコメントで人に紹介するのもいいもんだ。


さて、「透明度」と「深さ」が世界一の湖、バイカル湖。タクシーを降りて、歩いてみる。

なんと琵琶湖の50倍の大きさだそうだ。リストヴァンカは、南の街。バイカル湖のすべてを見ることはできなかったが、水平線の彼方に、やっと対岸がうっすら見えるくらいなので、その広さは十分に実感できた。さすがに深さは分からなかったが、水際を歩いてみると、底まで透き通って見えるので、透明度が高いことはひと目で分かる。



「バイカル湖の水を飲めば長生きできる」。ドライバーさんの言葉を思い出し、さっそく飲んでみる。確かに湖の水だけあって、塩っぱくない。ちょっぴり感動した! これで10歳は長生きできる気がする・・・笑。


たくさんの露店が出ていて、うわさの名魚、オウムリも手に入れられる。サケの一種らしいが、日本では見たことがない。ガブリつくと、ほどよい脂身があって、うまかった。でも味の濃さを感じると、(もう一匹!)とお代わりをするほどではなく、ふたりで一匹でちょうどよかったかもしれない。

リストヴァンカは、思っていたよりも小じんまりとした街だった。ロシア人はもちろん、いろんな国から観光客がやってきていた。北京からウランバートルへ行く列車で知り合ったアメリカ人カップルに再会したり、イルクーツクに来る列車で同じ部屋だったイタリア人にも遭遇した。台湾人から「あなた台湾人ですか?」と声をかけられるたかさん、実に多様な国籍を感じるリゾート地、リストヴァンカであった。

添乗員夫婦きょうさん♂
2005年11月、フランス盗難で一時帰国しましたが、2月16日元気に再出発!


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2005年06月18日
●ロシア語圏の壁を感じる

はじめての国は、警戒心が沸いてくる。どんな街なのか、どんな人が住んでいるのか、気になるものだ。

モンゴルでお世話になった方から「青年海外協力隊はロシアから撤退した」と聞き、不安な気持ちがないわけではない。ロシアへの渡航者もそれほど多くないようだし、念には念を入れて、イルクーツクの地に足をつけた。

切符売場の女性はモデルさんのように美しく、歩く人はまるでデューク更家に習っているかのようにキマッている。車のクラクションもほとんど鳴っておらず、北京やウランバートルで見た光景とは全然違っていた。「シベリアのパリ」と呼ばれるらしいイルクーツクは、確かに美しい印象があった。

しかし、壁は厚かった。

言葉が通じない。中国やモンゴルでも言葉は通じなかったのだが、彼らからはまだ関わり合える雰囲気を感じた。目で表現したり、ジェスチャーで示してみたりするようなところがあった。しかしロシア人は、ジェスチャーは使わないし、ロシア語でまくし立ててくるように話すので、正直、参ってしまった。切符売場で切符を買うときも、街行く人にホテルの場所を尋ねるのも、冷たい雰囲気を感じた。

もちろん、すべての人がそうではないと思うのだが、ざっと10連敗と言うところだろうか・・・。まぁ外国人が日本に来たときに、英語が通じないからといって困られても仕方がないのだから、ロシアを知りたかったら、ロシア語を学んでおけということかもしれない(笑)。

もうひとつの壁に感じたのは文字が読めないこと。2泊目のホテルを探していたときなんて、地図のとおりなのに見つからない。5人に尋ねて、行ったり来たりしていたらなんと目の前を通り過ぎていたのだ。ホテルの文字も、名前の文字も、まったく予想しない文字だった。ほかにもスーパーマーケットとか、インターネットとか「キリル」と呼ばれるこの文字は、まさに暗号のようだ。

このことからも、モンゴルでどれほど日本の方にお世話になったのかが分かる。言葉にしても、文字にしても、その難易度はモンゴルもロシアも変わらないような気がする。これから世界を見ていくボクらには、これくらいの壁は早めに感じておいた方がいいのかもしれない。

きょうさん♂


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