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2005年06月16日
●モンゴルの日本人起業家

DSCF4553.JPG「志し」が同じの男たちと食事をする機会があった。モンゴルでビジネスを起している日本人男性たちだ。年齢は私たち夫婦と同じ30代。
彼らは、海外で現在ビッグビジネスを志して、情報交換やモンゴルの悩み、プライベートの事など心の支えになる仲間なんだろう。話している雰囲気をみているとよく分かる。私には想像できないくらいの海外ビジネスの生みの苦しみがたくさんあるのだろう。

魅力的な人たちばかりだった。

ビジネスの苦しみを笑い吹き飛ばす勢いが、私にまで届く。
メンバーの中には、コンサルタント業、パチスロ業、輸入業、ベーカリーショップ、飲食業と様々。個性もバラバラだったけど、目指す想いは同じなんだろう。

DSCF4566.JPGそのうちのお一方の家に泊めてもらった。男性ひとり暮らしで、おせじにもきれいな部屋とは言えないが、経営関係の本がたくさんあった。
「アリヒ」というモンゴルのきついウォッカを飲みながら、彼は自分の信念を私たちに伝えてくれた。「生きるのに命をかける」心に響いた言葉。そして、「自分のやりたい仕事だけをする。来るもの拒まずの仕事にしてしまうと、独立した意味がない」と。

男のプライドをしっかり持ち、モンゴルで闘っている彼の姿がとてもカッコ良かった!(きっと、きょうさんが憧れるタイプだろうなぁ〜)と思っていると、目を輝かせながら「尊敬します!憧れます!」って言っていた。

モンゴルの人は「アリヒ」が好きらしい。昼でも泥酔の人がウロウロしているくらいだ。

彼の部屋には、「アリヒ」もたくさんあったが、胃薬の太田胃酸もたくさんあった。胃薬を飲みながら、毎晩遅くまで仕事をしている様子だったので、ちょっと身体が気がかりだった。

もし私がその場にいなかったら、きっときょうさんは、男ばかりの仲間たちと、もっといろんな話をしていたかもしれない・・・。

海外で闘う男たちは、女には分からないプライドや意地がきっとあるのではないか。素直に(いいなぁ〜)と思った。「志し」が同じ仲間たち。自分の力を信じ、海外で自分の力をしっかりと出している人たちだった。

私たち夫婦が2年半後に帰国するころ、もう一度モンゴルに行き、彼らの成功姿をまた見てみたいと思った。私も彼らを見習って、世界の道をしっかりと歩んでいきたい。

たかさん♀


2005年06月14日
●晴天ならばスポーツ三昧

3日目は朝から快晴。降ったり止んだりの2日間では見られなかった青空だ。ふらりと写真を撮ってゲルに戻ってくると、ゲルの前ではサッカーボールを息子アストラと蹴るゲル父の姿があった。

近くの子どもたちもやってきて、ゲルの前ではボールの蹴り合いがはじまった。やりたがりのボクはもちろん参加。息が切れるくらいに彼らと楽しむ。たかさんは、バレーボールを持ってきた女の子たちと一緒に楽しむ。しばらくすると、ゲル父がバスケットをやろうと言い出し、付近のゲルにも声をかけた。近所の仲間大集合といった感じになり、青空の下で身体を動かせることがうれしかった。

大草原に、バスケットゴールが立っている。その周りだけ、ドリブルがつきやすいように土になっていた。バスケットは久しぶりだ。バスケットの選手だった父の影響で中学生のときはバスケットボール部だった。どうもなじめず、熱中しなかった時代を思い出す。10分ほどして、ゲル父が「2対2をやろう」と言うので、ゲル父と息子コンビと、ボクと一緒に来ていた日本人男性ユーサクとのコンビの世界大会がはじまる。

技術勝負というより、体力勝負なので、結果は明らか。日本代表は息を切らして惜敗した(笑)。言葉が通じなくても、ひとつのボールで一緒に楽しめてよかった。ナイスシュートが決まれば笑顔で拍手を送り合う。牛フンまみれのボールを奪い合い、そしてお互いがゴールを狙ってプレーする。スポーツはいいもんだ。

驚いたのは、ゲル父の体力。42歳とは思えない。サッカーボールを一番楽しそうに蹴っていたのはゲル父だった。バスケットにしても、ハァハァと息を上げるボクらと違って余裕すら感じる。雨の日は民芸品作りに精を出し、晴れの日は子どもたちと汗をかく(汗はかいていなかったようだが・・・)。ジャージとTシャツの似合うかっこいい親父である。ボクもあんな男になりたい。

昼食が終わり、タクシーが迎えに来た。ウランバートルに戻る時間だ。全員と握手をし、たどたどしいモンゴル語で感謝の気持ちを伝える。この家族もまたステキな笑顔で手を振ってくれる。タクシーの中でビートルズの「ヘイ・ジュード」が流れる。いつになっても、この家族との出会いを思い出させてくれるはずだ。


2005年06月14日
●トムクルーズで駆ける時

「うぉぉぉー!!」
「やったぁ〜い!」

大声で叫んでいた。念願かなった想いをモンゴルの大草原に吐き出していた。となりで併走する調教師の青年は、そんなボクの様子を笑って見ていた。

馬でさっそうと駆けていく・・・。映画『ラストサムライ』のトムクルーズのようになりたかった。前回できてなかった靴の位置をきちんと合わせ、いざ出発。調教師と呼ぶには若い彼らに歩いてついていく。栗色に光る馬の毛がかっこいい。(速そうだ)。気持ちが高まってくる。この前の遊牧民に教えてもらった「アチュー」みたいな声を発してみるが反応がない。(あれっ?なかなか走らないなぁ・・・)そう思っていると、ビシッ!青年が馬のお尻にムチを打ち込んだ。(イタタタ)見ているだけで痛くなる。そして「アチュゥ!」と声を出すと、馬が走りはじめたのだ。

青年が乗っている馬の足音に連れられるように、ボクの馬も足音を早める。(おぉ!)ビシッ!さらに一撃が加わると、パッパカ、パッパカ。馬がリズムよく動く。「アチュゥ!」(そう言ってやれ)と青年が目で合図。「アチュゥ!」ボクも真似をして、さらに馬のスピードが上がった。いよいよというところで、曲がり道。青年はスピードを落とした。

(どう?楽しんでる?)そんな表情の青年がボクの顔を見る。モンゴル語で気持ちを伝えられないので、「グレイト!」と親指を立てて見せた。(まだまだこれからだよ)そんな表情で先に視線を移す青年。その先には、青い空と緑の大草原が見えてきていた。

「アチュゥ!」ビシッ!お決まりのサインだ。馬が駆けていく。ボクは、お尻を浮かして、振動を避ける。ビシッ!もう一度青年のムチが打ち込まれたとき、馬のスピードは最速になった。(おぉぉぉぉ〜!)これだ〜!馬のスピードで風が向かってくる。目をしっかり開けられないほどの風だ。飛び跳ねる馬の上で、バランスが崩れないよう内股に力を入れ、この快感を味わっていた。

いったい何秒くらいだったんだろう?1分もなかったと思う。でも、それ以上乗っていると、力尽きて振り落とされていたかもしれない。トムクルーズよりも、競馬のジョッキーの方が似ていたかもしれない。たっぷりと爽快感を味わうことができた。馬の相性?何より、調教師の青年のおかげだと思う。


2005年06月13日
●気分は「ウルルン滞在記」

前回の遊牧民との生活でも、ウルルン滞在記が書けることを期待していた。しかし、ゲルの主人は出張中。家族から手伝えることなく、高まる想いは不完全燃焼だった。(今回こそ・・・)そんな想いで主人の様子を見ていると、ピンとくるものがあった。主人、そう!ゲルの父は、食事が終わると、ベッドの下から大きなかばんを出してきた。

かばんの中身は、骨や角だらけだった。

牛の背骨や角を切って、器用に加工していく。小刀で細かく削り、磨き、仕上げていく作業は集中力と忍耐力の結晶のようだ。ミッキーマウス、さかな、羽を大きく広げる鷹。そんな作品が民芸品として近くのお店で売られているらしい。1個5ドルで売れれば、大きなお金になる。すべて手作業でできる芸術に驚いた。「難しそうですね」と伝えると、「お前も削ってみるか?」とゲルの父。(おぉ!)。図工の成績は良かったボクは、喜んでうなづき、手刀を借りて牛の角を削り始めた。横でじっと見つめるゲルの父。1時間後、ざらざらに汚れていた牛の角がきれいに磨かれた。ゲルの父も(なかなかいじゃないか!)と笑顔。また新しいことができたボクは、満足気でその夜を眠った。

2日目の朝も雨。外に出られない。ゲルの父は、またかばんを出してきて作業をはじめた。余りある時間。(ひと作品、作りたい!)そう考えたボクは、「牛の骨を使って、羽を広げた鷹を作りたい!」と伝えた。するとゲルの父、ボクの顔をチラリと見て、手刀と骨をボクの手に渡してくれた。(やってみろ!)そんなメッセージを感じた。手渡された牛の骨は、完成品にはほど遠い、ただの骨。ビックリした。(えっ?これからあの鷹ができるの?)。それくらい完成には長い道のりを感じた。ゴールが難しいほど、やる気が沸いてくる。完成品をそばに置き、ボクの勝手な弟子入り武者修行がはじまった。

ゲル父のとなりに座り、同じものをつくる。師匠と同じように手刀を握り、コツコツと骨を削りはじめる。(なんと気が遠くなる作業なのだろう)。そんなことも感じたが、15分と続けているうちに形ができてくるのがわかる。満足気で(どう?)と師匠に見せると、表情を少しも変えず、(ここが足りない)と手直しをうける。そしてまた削り続ける。そんなやり取りを何度も繰り返していた。弟子にとって、師匠がそばにいると実にありがたい。何事もそうやって後世に伝えていくのかもしれない。

細かい骨と手刀を握り続けていると、指もさすが疲れている。ふと気づくと2時間が経過。ゲルを打ちつけていた雨音もいつの間にか止んでいる。ただの骨からはじまったが、なんとか鷹になっているではないか。積み重ねが結果になることを感じた。師匠も、うんうんとうなづき、笑顔を見せてくれる。そして手に取ると、最後の仕上げとばかりに師匠の手で細かい部分の修正が入り、ボクの手に戻された。何かモンゴル語で言われたがボクには理解できない。きっと、(よくやった。お前のもんだ)そんなことを言ってくれたように解釈している。言葉は通じなくても、同じものを作ることでまたコミュニケーションが図れたような気もしている。最高の思い出が残った。まさに、気分は『世界ウルルン滞在記』となった。


2005年06月12日
●家族でつくるボーズの味

ボーズが肉まんということは、知っていた。ウランバートルのレストランでも食べていた。

2日目の夕方、凍った牛肉がまな板の上に用意されていた。(あれっ?冷凍庫ってあったけ?)。息子アストラに聞くと、となりのゲルに凍らせる場所があるらしい。凍った牛肉を細かく切り刻む父。(おや?)オトコは料理しないと思っていたが、そうでもないようだ。さらに玉ねぎのみじん切りもはじまり、牛肉と混ぜ合わされた。今夜のメニューは何だろう?

そんな期待をしていると、母が仕事から帰ってきて、小麦粉でこねた生地をひと口大に切っていく。(もしや・・・) いつもボクが料理名を尋ねることを知っている娘インヘェは、ボクの顔を見るなり、「ボーズ」と言った。(おぉ!ゲルでも作るんだ!楽しみ!)わくわく期待がふくらむ。

このボーズづくり、それまでの料理と違うのは、4人家族全員で作るということ。ほかの料理は、娘インヘェがひとりで準備していたが、さすがにボーズづくりとなると作業が増えるのか、特別料理なのか、家族総出だった。

ひとつのベッドに集まり、仲良さそうに作る様子は、理想の家庭像と勝手に想像してしまうくらいだった。42歳の父と、38歳の母、娘インヘェは16歳。息子アストラは14歳。普段、仕事に出ていると母と娘が話す機会は少ないのか、娘が楽しそうに母に話しかける様子は、とってもうれしそうだった。それをふんふんと聞いている母。家族で話す機会があるかぎり、コミュニケーションは取れるんだろうと思った。

そんな家族の様子をほほえましく見るボクら。着々ととボーズの準備が整っていく。ボーズを上げ底の網に敷き、それを沸騰した鍋に置く。そしてふたを閉めて、あとは出来上がるのを待つだけだ。もうお腹はぐぅぐぅ言っている。(ボーズはまだか?)(肉まんはどんな味か?)そんな想いが最高潮だった。

20分くらい経っただろうか。

母が、鍋のふたを開ける。そこには、‘ぷわん’とふくらんだボーズが並んでいた。あっつあつの湯気が、うまそう〜な雰囲気をかもし出している。思わず手を伸ばしたくなる衝動を抑え、母がさらに取ってくれるのを待った。いつもの見慣れた皿に5個をのせて手渡してくれる母。さぁ待ちに待ったボーズだ!

「なんて!やわらかい皮なんだ!」。第一印象はこれだった。じつにほくほく・・・。皮そのものに、あま〜い味がする。「うまーい!」。そんな表情を見た彼らも、実に満足気。うれしそうな顔がまたうれしかった。羊肉がよく使われるらしいが、このボーズは牛肉を使っている。じゅわぁ〜と出てくる肉汁が口元からこぼれおちてきて、またそれがたまらない!(おぉ!うまい!)一同、絶賛のボーズだった。

「もっと食べる?」そんなゲル母の好意に甘えて、さらに3個をおかわり!たらふく食べて大満足だった。味はもちろん、家族で作ったボーズに大感動。間違いなく、5ツ星(☆☆☆☆☆)だ。


2005年06月12日
●本場モンゴル料理を食す

「夏は、肉をあまり食べない」。そんなこと聞いたって、やっぱり食べたい肉料理。今回のテレルジツアーには食事も含まれており、肉、それも牛肉をたっぷり買い込んでの出発だったので、とっても楽しみだった。

手伝いたくても手伝えない。これがゲル生活の決まりなのか。来客は、食材に触れることもなく、彼らの調理の様子をただひたすら眺めているだけ。ゲルの中の限られた環境の中、どんな食事が出されるのか、2泊3日の食事をご紹介!

料理名『ゴヨメンティ』。到着したのは午後1時。すぐに持っていった食材を手際よく切り刻む娘インヘェ。先日の遊牧民ゲルもそうだったが、狭いスペースを要慮よく使いながら、食事の準備をする様子はお見事。レストランのシェフが見たら、雇いたくなると思う。牛肉、じゃがいも、にんじん、たまねぎを炒め、水を加え、沸騰したところで市販の麺を加えてひと煮立ち。味見を繰り返し・・・出来上がり。最初の昼食は、「肉煮込み麺」といったところ。味は日本人好みで美味い!個人的に4ツ星(☆☆☆☆)。

料理名『ブタタエホールカ』。初日の夕食。材料は、牛肉、じゃがいも、にんじん。たまねぎが入っていないのが昼食と違うところ。これを鍋で炒めるところまで同じ。そこで米を加えるところがポイント。薪を加え、さらに火力アップ。炊飯器はないので、鍋で炊き込む。10数分経つと、ゲルの中にうんまいにおいがただよってくる。さぁ出来上がり!「モンゴル風炊き込みご飯」のお味は、やや塩風味。もう少し炊き込み時間を増やせばもっと米がやわらかくなるかもしれない。個人的に3ツ星(☆☆☆)。

料理名『ウルム』。2日目、3日目の朝食。美味かった!この甘さ、マイルドさには病みつき!「これはバターか?」と訪ねたら、「違う」と。「バターは、これだ」と棚の中から正真正銘、スーパーで売っているようなバターを見せられた。確かに違う。これはなんだろう?牛のミルクを元に作っていることは確か。これをパンにつけて食べる。固まった部分の歯ごたえと、クーリムの混ざり具合がたまらない・・・!美味い!おかわりまでしてしまった。個人的に5ツ星(☆☆☆☆☆)。

料理名『ツーブン』。2日目の昼食。小麦粉に水を加え、こねはじめた娘インヘェ。こね棒で大きな生地を作ると、なんとそれで麺をつくりあげてしまった。お見事!牛肉、じゃがいも、にんじん、キャベツを炒め・・・ (ここで睡魔がやってきてしまい、気づいたときには) 出来上がり!やや麺が硬く感じ、食べながら水分がほしくなった。朝食のウルムを食べすぎたこともあり、なんと残してしまった。インヘェ、ごめんなさい、、、個人的に3ツ星(☆☆☆)。

番外編@『ネルメッヒィ』は、お酒。牛のミルクをヨーグルトにした後、それを蒸留してアルコールになるらしい。その間、ゲルは、お酒くさッァー 数時間経ってようやく「飲んでみるか?」と許可が出た。週に一度作るくらいの貴重なお酒。そう言えば、見知らぬ人もゲルにやってきては買って帰っていた。お味は・・・むむむっ!きついっ!アルコール度数のかなり高い日本酒みたい。それでも飲んだ後は、のどごしがさっぱりなので、ついつい飲み続けてしまった。アルコールの味がそれほど分からないボク個人的には、3ツ星(☆☆☆)。

番外編A『ヨーグルト』。これは、ヨーグルトで通じる。お酒もそうだが、ヨーグルトもゲルによって味は異なる。日本で言うおふくろの味か。一般的にすっぱい。かなりすっぱい。だから、かならず砂糖をかき混ぜて食べる。それもスプーン2杯。よぉーくかき混ぜると、すっぱさはなくなっている。いい味だ!娘インヘェも、息子アストラもおやつがこのヨーグルトだから、健康的。不精のボクは、かき混ぜるのが面倒で・・・個人的に3ツ星(☆☆☆)。

料理名『ボーズ』、肉まん。これは、めっちゃくちゃうまかった。感動しすぎて、別レポートでご紹介。

料理名『ホオラカ』。3日目の昼食。お父さんはじめ、皆でスポーツ三昧だったので、作り方は???。「ご飯ですよ〜」、(たぶん)そんな声に呼ばれて、行ってみると、いつものようにお皿山盛りに用意されている。見るところ、牛肉、じゃがいも、にんじん、そして市販の麺だけで作られている。「モンゴル風焼き麺」と言いたい。お味も、サイコー!運動したあとということもあって、ペロリと食っちゃうボクら。個人的に4ツ星(☆☆☆☆)。

ゲル生活の食事は、一品料理。ひと皿メニューだ。それでも、写真でお解かりのとおり、ボリュームたっぷり。だから大食家のボクでも、「足りない」ということはない。これでもか!というくらいに食べさせてくれる。でも、育ち盛りの息子アストラの食べる量はそれほど多くなかったので、来客に対するおもてなしの心があったのかもしれない。基本的にゲルを訪問する際は、食材を持ち込んでいくらしい。なので、たらふく食べたいボクらのような方は、ぜひ食材もたっぷり持ち込んだ方が満足度は増すだろう。ウランバートルで食べるモンゴル料理も美味いが、ゲルで食べる料理もモンゴルの味を楽しめる。どうもご馳走さまです!


2005年06月11日
●馬頭琴の音色とモンゴル

「馬頭琴」。

モンゴルの民族楽器です。一見ギターのように見えますが、まったく異なる楽器。名前のとおり、馬の頭がデザインされた琴なのです。

そんな「馬頭琴」のプロモーションビデオをモンゴルで見る機会がありました。日本でも新しい曲がリリースされると、そんなプローモーションビデオが作られますが、この「馬頭琴」の曲も、ストーリーが用意された立派なビデオになっていました。

モンゴルの若者が、宮廷で演奏して、王様に喜ばれ、最後にお酒をいただくようないたってシンプルなストーリーでしたが、はじめて「馬頭琴」を見て、はじめて「馬頭琴」の音色を聴いた僕としては、十分格好いいビデオに仕上がっていたのです。その若者は森山直太郎似で、弦を操る華麗な指さばきは実にすばらしいぃ〜〜 日本でも人気が出るのんじゃないの?なんて思ったくらいです。

モンゴルで泊まっていた、ゲストハウスに、その「馬頭琴」を弾く若者がやってくるというではありませんか!!! なんと、ゲストハウス「あづさや」さんご夫妻の計らいで、僕ら宿泊客のために生演奏をしてくれると言うのです。おぉ〜なんてうれしいイベントなんだぁ〜〜

さっそうと登場する若者!

「おぉ〜〜!!!」 

拍手喝采!僕も特に喝采! 自分は人前で見せられる芸はありませんが、見ることは大好き。日本にいる義兄のギターやハーモニカを聴くのも大好きです☆
あどけない表情をしている彼。15歳らしい。(えぇ〜!?まだ15歳?それであの演奏ができるんだからすごいなぁ〜)そう思います。トークはまだ不慣れなようですが、はにかみながら曲のタイトルを発表して、早速演奏がはじまります。

笑いが絶えない「あづさや」さん懇談ルームも、このときばかりは一同シーン・・・。彼の弾く「馬頭琴」の音色に聴き惚れています。真剣に弾く彼の表情。止まることのない指さばき。4曲ほど演奏してくれたのですが、ずっと凝視していました。プロの域にはまだ遠いらしく、プロモーションビデオは親が作らせたらしい。それでも僕にとっては、いいものを見せてくれましたし、いい音を聴かせてくれ、感動を与えてくれました。

彼が帰った後、興味津々に「馬頭琴」を触らせてもらうことにしました。構え方、弓の持ち方、弾き方。頭の中のイメージはいま聴いたばかりの彼の演奏なのですが、どうにもこうにも、真似はできません。彼の技術のすばらしさを改めて認識していました。

日本の津軽三味線をはじめ、世界各地にはそれぞれの土地の民族楽器があります。その土地を訪れたからこそ聴ける音楽というのは、旅情をかきたてられます。その音とその土地の雰囲気が重なり、記憶に残してくれるようです。

「馬頭琴」の音色は、モンゴルの大草原をかけまわった思い出を、目だけではなく、こうして耳にも残してくれたような気がします。

きょうさん♂


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2005年06月10日
●遊牧民の魅力ある笑顔

北京語もそうであったが、言葉が通じないのは苦痛である。モンゴル語も例外ではなく、話すことはもちろん、聞くことの能力もまったくないので意図を伝えられないことは相当つらい。漢字を見せれば通じた北京人とのコミュニケーションの方がまだ楽であった。

それでもモンゴル人から温かい人柄を感じる。やってきた人を迎えてくれる雰囲気がある。なぜだろうか。観光ゲルと呼ばれる、日本やヨーロッパからの観光客を受け入れる専門ゲルもあるようだ。しかし今回ボクらがお世話になったのは一般ゲル。それほど観光客がやってこないはずなのに、不思議であった。

初日、出発時間が遅いこともあって、ゲルに到着したのは夜中の12時。深い眠りについているはずの家族を襲った訪問であった(事前連絡は伝わっているはずだが)。それでも家主はじめ、家族は布団の中から顔を出し、笑顔で微笑んでくれた。ありがたかった。その夜はゲルの床に寝袋を広げ、早々と眠った。翌日から、まったく日本語の分からないモンゴル人と、まったくモンゴル語の分からない日本人の共同生活がはじまった。

ゲルには、多くの人がやってくる。毎日、それも食事の時間が近づくと、よく人がやってきていた。その度にボクらは自己紹介するのだが、日替わりのように違う顔ぶれであった。あとで聞いた話だが、通りすがりの人でも迎え入れるそうだ。そうでなければ、ここでは生きていけないらしい。人を大切にする根本の考え方がそこにあるように思った。

コミュニケーションを支える救いだったのが、彼らから差し出された一冊のテキスト。ページも破れている。うす汚れた紫色の表紙には、モンゴル語が書かれている。裏を返せば『日本語日常会話集』と書かれてあった。中を開けば、モンゴル文字で書かれたモンゴル語に相対するように日本語が書かれている。モンゴル人は、それを読めば日本語を話せるが、日本人はそれを読んでもモンゴル語は話せない。どうやらモンゴル人向けの日本語テキストのようだ。それでも、無いよりは、ありがたい。ボクらは、そのテキストに書かれた日本語を見て、横に書かれているモンゴル語を指差し、意図を伝えていった。

モンゴル語を覚えたいので、カタカナ書きでメモしていくのだが、これが難しい。日本語で「ありがとう」は、モンゴル語で「バイルルラ」という。しかし、この発音ができない。「ル」はアルファベットの「L」や「R」とも違うようで、巻舌にしてもダメであった。何度も繰り返してみるが、その度に直されていた。最初に覚えたのが、「これはモンゴル語で何と言うのですか?」というモンゴル語。「ウーニック モンゴドール ユー ギッヒ ウェ?」 これさえ通じれば、何とか会話を重ねることができる。そうやってモンゴル語の単語を増やしていった。彼らも同じように、そのテキストを手に、ボクらに意図を伝えようとしてくれた。子どもがオモチャを取り合うように、そのテキストを取り合っていた。

わずか数日で、会話ができるなんてことはない。それでも別れ際に、悲しく感じた。彼らがどう思ったのかよく分からないが、お互いがお互いを知ろうと努めたような気がする。相手に伝えようと必死で言葉を探し、相手を理解しようと必死で聞く。コミュニケーションの原則はそんな相互理解からはじまるものだと思う。車でゲルを離れるとき、「バイラシテ(さよなら)」と手を振る彼ら。快晴の青空の下、遊牧民たちの笑顔はとってもさわやかだった。


2005年06月09日
●遊牧民の夜は満天の星空

「満天の星空」

モンゴル、それもゲルに泊まったら、ゼッタイに見たかった。「満天の星空」という響きにあこがれるし、この星空が日本をはじめ世界につながっていると思うとうれしくなる。最初の数日は雲が多くて、見ることはできなかった。ゲルに泊まったからといって、毎日見られないのが自然の難しさのようだ。

ある晩、夜中にふと目が覚めた。ストーブの煙突がゲルの天井を抜けていて、その隙間から星が見えた。(もしや・・・)そんな期待に胸を膨らませ、ゲルの外に出てみると、そこにはずっと待ち焦がれていた満天の星空が広がっていた。

(わぁ・・・)

どう表現したらいいのか分からなかった。(すごい・・・) それほど当たり一面に星が散らばっているのだ。

小学生のころ、顔を見上げればすべて見られるプラネタリウムは見たことがあるが、ここではその規模が違う。オーストラリアでキャンプツアーに参加したときも、きれいな星空を見上げながら眠ったことはあった。それでも周りは森に囲まれていたので、星空は見上げるという感覚だった。

地平線より上がすべて星。大草原に灯かりひとつないこの場所で、顔を見上げなくても、目の前が星空なのだ。360度、ぐるりと見回してもその星空は続いている。時おり、流れ星も落ちてくる。星の名前なんて、オリオン座くらいしか知らないのだが、ただ見とれていた。ここぞとばかりに、カメラを出してきて、撮ったこともない星空写真にチャレンジする。

真っ暗闇の中、(メェ〜)、(ングング・・・)ヤギや羊の鳴き声だけが聴こえる空間。「満天の星空」は惜しげもなく、そのすばらしさを見せてくれた。この言葉の響きがぴったりであった。これが見られるだけでも、ゲルに泊まる価値はある。


2005年06月08日
●遊牧民の食事は超質素

想像していたのは、肉料理。「モンゴル人は肉が好き」と聞いていたからだ。肉には不自由がないだろう。だからこそ、野菜を買って持って行ったくらいだ。

しかし、そうではなかった!

夏は、冷蔵庫がないのだ。だから肉の保管は難しいようで、肉はあまり食べないというのだ。干した羊肉を少し使うくらいで、肉料理と呼ぶにはほど遠いメニューだった。肉が食べられると期待していたのに、残念だった。では、どんな料理が出されるのか?次の期待だった。

主に、小麦粉を使う。餃子で使う皮のようなものを作り、じゃがいもや人参をペーストしたものをくるんで揚げた料理。あつあつで旨かった。ホクホクしながら食べる姿を見ては笑うお母さんと娘。小麦粉をこねて、米のようなかたまりを作り、それをゆでておかゆのように仕上げた料理。これは、お米?と思ったくらい、おかゆに近い口当たり。でも病気じゃないし、物足りなかった。小麦粉をこねて、麺を作り、それをたっぷりの野菜と合わせてラーメンのように仕上げた料理。これも美味かった!お代わりあるよと言われて(ジェスチャーでそう判断)、喜んで食べていた。

だいたい料理は一品。だからよく食べるボクには、正直言って物足りなかった、、、お代わりをしたボクだったが、遊牧民たちの食べる量はもっと少ない。それであんなによく働けるなぁ・・・と思った。遊牧民の生活環境にあこがれる部分もあるが、食事面だけは真似できない。エンゲル係数の高いボクらには想像しがたい現実がここにあった。日本での十分な食事環境が幸せだと感じた。


2005年06月07日
●遊牧民と一緒に乗馬体験

馬に乗って颯爽と翔ってみたい。

これも体験したかったこと。アメリカで数分乗ったり、オーストラリアでも1時間ほど体験はあるが、大草原を翔けたことがない。だからこそ、このモンゴルではそんな体験をしたかった。

『日本語日常会話集』の単語を拾い出し、彼らに意図を伝え、ようやくその想いが実現するときが来た。息子ネルギィに連れられて、どこへ行くのか分からずについていく。頭の中のイメージは、映画『ラストサムライ』のトムクルーズのように翔っているのだが、なんせ馬が走らない。ネルギィに「もっと速く走りたい!」と伝えたいのだが、前を走るネルギィにモンゴル語で伝えようがない。身振り手振りで、(チャッチャカ・チャッチャカ)と示すと、ボクの気持ちを察してくれたのか、もっとお尻をたたけ!「アチュゥ!」と叫べと言ってくる。「アチュウゥ!!」真似をしてみたが、走らない。

しびれを切らしたようで、ネルギィが近づき、ボクの乗っている馬のたずなを握り締め、ネルギィの馬と一緒に走りはじめた。すると、どうしたことか! それまでうんともすんとも言わなかったこの馬が、動き出したのだ!

(やったぁ〜 これでトムクルーズだ!)

まぁネルギィに連れられているという状況はさておき、ボクは確かに草原を翔けた。ほんの数秒。あとは・・・

馬の振動があまりに激しすぎて、苦しい・・・ えっ?こんなはずじゃないで。。。ボクのイメージは、自然を翔けぬけて気持ちがいいはず。なのに、お尻の骨から肺に突き上げるような振動が痛い。前を走るネルギィは時おりボクの表情を見ながらも笑顔で翔けている。この違いは何なんだ!?これなら端から見ればロデオに乗っているようなもんだ。

ネルギィのようにお尻を浮かしてみたがうまくバランスが取れない。もっと運動神経よかったはずだが・・・そんなうぬぼれはバッサリはがされ、ボクの乗馬体験は終わってしまった。「腰を浮かしたら、うまく乗れたでぇ〜」笑顔で言うたかさんは、実に満足気だった。ボクのトムクルーズ大作戦は次の機会へ持ち越しだ。


2005年06月06日
●遊牧民の貴重な家畜たち

(メェメェ〜)

最初の朝は、ヤギの鳴き声に起こされた。羊と合わせたその数、700頭。さらに牛が、親子で8組。馬までいる。ゲルを出ると、動物たちに囲まれていることが分かる。ここはムツゴロウハウスかと思ったくらい。

一番価値ある動物は羊らしい。ラム肉になるからだ。次は牛。たくさんのミルクと肉を生み出してくれるようだ。そしてヤギもミルクを出してくれる。馬は、競走馬となったりするようで、外国からも馬主が買いに来ることもあるようだ。

この動物たちが、家畜であるということを理解したのは、午後の乳搾りタイムであった。母と娘は、おもむろにバケツを持ち出し、ヤギの元へと近づいていった。そして、お乳をつかむと、慣れた手つきでお乳を搾り出していった。こんなに間近で見るのははじめてのこと。勢いよく飛び出すお乳が実にリアルだった。

(やってみる?)
そう微笑む母に促されチャレンジ!しかし出ない。(違うのよ。こうやって湿らしてから搾るの)そう見本を示してくれる母。おお!なるほど!確かにお乳が出る!驚いた!そうやってバケツいっぱいになるまで、お乳を搾っていく。

そうは言っても、1匹のヤギから出るお乳は限られている。ある程度出たら、次のヤギに移る。でもヤギも分かっているのか、逃げようとする。そこで、ヤギ捕獲縄でヤギを捕まえておくのが息子の役割だった。先に輪っかをつけた3メートルほどの棒を用意。それをヤギの角をめがけて引っ掛けていく。見事な棒さばきであった。息子が捕らえて、母娘が乳を搾る。家族のチームプレーであった。二日目はボクもやってみたが、ヤギに逃げられつづけ、息がハァハァ上がってしまった。ハードな仕事である。

ちなみに、牛の乳搾りも体験したが、ヤギのお乳は2つ。牛のお乳は4つなのだ。その分、牛のお乳の方が量が多い。こうしてバケツにためたお乳は、ミルクになったり、ヨーグルトになったり、またお酒にもなるそうだ。「人間」対「ヤギ」。「人間」対「牛」。毎日繰り広げられるこの闘いは、生きていくために必要な自然の原理に感じた。


2005年06月05日
●遊牧民は家族でゲル生活

ゲルの生活をひと言で表現するなら「無駄のない生活」。この言葉が、ぴったりくる。

(ゲルってどんな家だろう?)(ゲルでの生活って、どんなんだろう?)と、ずっと興味津々に思っていた。シンプルな生活は、至るところから感じられる。ゲルの広さは、相撲の土俵くらいの大きさだろうか。中央にストーブが置いてあり、煙突が天井を抜けて外に飛び出している。ベッドは2台。夫婦のベッドと、お姉さんのベッドだ。ゲルの中の左右に配置されている。弟のベッドはなく、床で眠るらしい。食器台には最低限の食器がきれいに並べてある。それ以外のモノは、ベッドの下とゲルの骨組みに引っ掛けている。テレビとラジオ、写真盾の飾る台が一番奥に置かれてあった。

「えっ?モノはこれだけ?」それが第一印象だった。とにかく少ない。ついモノを溜めてしまうクセがあるボクにとっては、モノを減らす習慣と最低限のモノで暮らす生活はあこがれだ。

この度お世話になったゲルには、お母さんインクバイエルンと、姉ボロロ、そして弟ネルギィの3人暮らし。本来は、両親と子ども5人の7人家族なのだが、お父さんは仕事で数日間出張中。ほかの姉や弟はウランバートルで暮らしているそうだ。この家族でこの広さ。十分に足りているようだ。子どものころ、自分の部屋がほしいと言っていたことを思い出した。これだけ土地に不自由しない環境であっても、いつ移動するか分からない遊牧民にとっては、プライベートよりも、最小限のモノで生活することが重要であることのように思えた。

プライベートのない共同生活。ゲルのスペースを最大限活用する仕組みがあった。

ストーブの燃料は馬フン。草をいっぱい食べた馬のフンがこうこうと炎を出してくれる。すぐにゲルの中を暖めてくれる。ただストーブの中いっぱいに馬フンを詰めても、1時間くらいしか持たないのでこまめに換えなければならない。それも気温の下がる朝晩や料理の前に燃やすようにしているようだ。台所はないので、野菜を切ったり、小麦粉をこねたりするのは、ベッドの上。そこで手際よく下ごしらえをして、ストーブにかけた鍋で調理をしていた。

遊牧民がよく着ている服、デーリ。ヤギの毛から作っているらしい。ちょうどデーリを新調しているらしく、お母さんは型紙から生地を用意し、ストーブで温めたアイロンやミシンを使って作業していた。アイロンの温まり具合がよくないのか、頻繁にストーブで熱していた。姉のボロロは、白い生地に色糸を縫い込み、正方形が統一的に並べられた模様を作っていた。その生地がゲル内にきれいに飾られていた。

常に何かして動いている。そんな彼らだった。大草原を前にして、散歩するか、寝るか、食べるか・・・そんなボクらと違って、彼らにはやるべきことがたくさんあるように思えた。7月8月と夏が近けば、馬乳酒の季節になるらしく、またひとつ仕事ができる。冬になれば風の少ない場所へゲルを移動させ、寒さからしのぐために今より厚い冬用ゲルを造るそうだ。遊牧民の生活は、常に変化する毎日に対応するかのように思えた。ゲルは、家というより、そんな遊牧民たちの基地なのだ。


2005年06月02日
●ウランバートルは刺激的

モンゴルの首都には、国の人口300万人のうち、3分の1の100万人が集まっているらしい。だから、列車から見た大草原とはまったく異なる光景だ。国土のほとんどは大草原。しかし首都は立派な都市。そんなギャップを大きく感じた。もちろん、この世界一周旅行では、モンゴルの生活を感じてみたいと思っている。だからこのウランバートルだけで、モンゴルのすべてを感じるつもりはない。早くカントリーサイドへ出て行きたいと願っている。ただ、あまりにも想像していた都市と違うので、戸惑っている自分がいる。

モンゴルといえば、「ゲルハウス」のイメージが強い。またお国柄も中国に近いと想像していたが、ロシアの方が近いらしい。確かに建物も、中国風というよりはヨーロッパ風といったほうが適切だ。もっと殺風景だと思っていたので、意外だった。建物の高さも高くないので、空がよく見えて、広大な印象を持つ。ウランバートルに限って言えば、先進国の雰囲気がある。

そんなウランバートルで、恐怖を感じていることがある。道路の交通事情だ。北京よりも日本車を多く見かけるし、洗車場もよく目に付くくらいきれいな車が走っている。もちろん信号もある。ところが・・・

車は交差点に突っ込んでくる。右折車、左折車など、歩行者信号が青になっていようが、お構いなしで曲がってくる。「いったいどこを見ているんだ!」 そう怒鳴りたくなるくらいの運転だ。しかし、そうドライバーだけをとがめるのはナンセンスで、なんと歩行者も相当なもんだ。平気で道路を横断し、車の進行を妨げている。横断歩道なんてあってないようなものだ。この街は、ドライバーと歩行者の闘いの眼差しが飛び交っている。このウランバートルで道を歩くのはかなり神経を使う。今のところ事故は目撃していないが、いつ起きてもおかしくないような気がする。日本の交通マナーは安全だと思った。ボクらは、ビギナー歩行者らしく、おとなしく手を挙げて横断することにするつもりだ。


2005年06月01日
●モンゴルへ29時間列車旅

一日24時間よりも長い時間を列車で過ごす。29時間は、かなり長い時間だ。日本の長距離列車である、大阪ー札幌を結ぶトワイライトエキスプレスや、東京ー西鹿児島を結ぶ寝台特急さくらでも、そんな長い時間は走らない。国土の広さや列車の速さの違いを考えれば当たり前なのだが、29時間を列車内で過ごすという体験は、貴重である。列車内はどんな様子なのだろうか?部屋の大きさは?ベッドはくつろげる広さか?そして同室はどこの国の人と一緒なのか?期待と不安は尽きなかった。

中国・北京とモンゴル・ウランバートルを結ぶ国際列車「K23」。モンゴルを目指す人の多くが利用する。もちろんバスや飛行機での入国する方法もあったが、カラダへの負担を減らしたいことと、費用の面を考慮して、列車を選んだ。北京駅の朝7時になれば、この列車を利用する多くの人が集まってきた。バックパックを背負った欧米人の姿がよく目につく。またモンゴルから出稼ぎにきたような多くの荷物を抱えて帰ろうとするモンゴル人も大勢いた。生活品としてはあまりにも多い荷物の量だ。それらの荷物をモンゴルで売るのだろうか?そんなことを想像していた。

待っている間、イスラエルから来ているという23歳の男性と一緒だった。18歳からの軍隊が終わり、これが初の海外旅行らしい。ふたりでホームの端まで歩き、写真を撮った。列車好きはどこの国にいるようだ。北京ではあまり見かけなかった旅行者も、国際列車となると一気に増えた。カメラを持った多くの人が思い思いの場所でカメラを構えている。アメリカの大陸横断鉄道「アムトラック」や、オーストラリアの「ザ・ガン号」、「インデェイアンパシフィック号」。さらにはフランス「TGV」の出発時にも見かける光景だが、ひとつ違うことがあった。それは、車掌さんの表情だ。レンズを向けても決して笑わない。照れ屋なのか、無関心なのか、それは自分だけではなく、まわりにいる欧米人に対してもそうだった。それもまたこの国のひとつの姿のようだ。

7時40分。定刻通りの出発。4人部屋の同室は、フランス人カップルだった。フィリピンからハネムーンを続けているふたりの旅も次のモンゴルで終わりらしい。国の話、文化の違い、そんな世界観トークに始まり、ワイン試飲会、長時間にわたるトランプ大会。この29時間の旅も、彼らのおかげで短く感じることができた。

フランス人の彼らは、冷蔵庫と共に旅しているかのように、食糧をふんだんに用意してきていた。ボクらは彼らのように持ってきていなかったので、食堂車にお世話になることにした。ところが、この29時間の列車旅で一番驚いたのが、食堂車での光景だった。

日本では考えられないほどの別世界。列車がのんびりの旅なら、食堂車の時間の流れはもっとのんびりだった。わずか40席の座席は満席。ビールを飲んだり、食事をしたり、顔を赤らめながら話に華が咲いていた。ウェイトレスふたりものんびりモードで、手を挙げて呼んでいる乗客ばかりだった。ボクらが行った時間はちょうど混む時間。すでに4名がウェイティング。テーブルが空くのを「まだか、まだか」と待っている。日本なら、待つ人のことを考えてもっと客回転率が上がったりするのだろうか・・・などと、つい考えてしまうのだが、ここは優雅なのんびり空間だった。それでも待つ側の様子は日本と同じ。ボクらの前後は、オーストラリアの年配の方だったが、「あそこはまだメニューを見ているから、まだ時間がかかる」「あそこは、またビールを注文した!」など、イライラした様子で、実況解説していた。お腹が空いているのだが、異国の場で、異国の人がどんなことを考えているのかと想像しはじめると待つ時間も苦にならない。

30分ほど待ち、ようやく座席に案内された。オーストラリアの老婦人、そう実況解説をしていたふたりと同席だ。前の人が食べ散らかした食器が散乱している。彼女たちは、肩をすくめるようなジェスチャーで、(なんて汚いの?)そんな呆れた表情をしていた。ウェイトレスは呼ばなければやって来ない。いや呼んでもなかなか来ない。まるで、待つのが当然のようなのんびり空間であった。しばらくしてやっと食器が片付けられた。さらに数分後、メニューが届いた。さらに数分後、オーダーを取りに来た。そこから何分待ったことだろう・・・ やっと食卓に料理が到着した。食べることがとっても楽しみなボクにとって、空腹はつらく苦しい時間であった。しかし、オーストラリア人との会話に楽しんでいると、そんな想いも通りすぎて笑ってしまっていた。

食べては眠り、起きては会話し、窓から風を感じ、本を読み、限られた空間でできることを満喫し、列車はモンゴル国境へ。車内にて出入国審査を経て、入国。さらに列車に揺られていると、窓から見える景色は草原ばかり。北京では見られなかった青空がいっぱいに広がっていた。モンゴルにやってきた。そんな実感があった。終点ウランバートルが近づく。街の人々が手を振っている。ボクらを歓迎してくれているようだった。


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