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2005年08月30日
●ゴルフの聖地訪問記念品

「旅行したら、記念品を買う」

日本人に限らず、どこの都市でもそんな光景を目にします。

両手いっぱいに品物を抱えてレジに並ぶ人たちを見ながら、(ボクもほしいんだけどなぁ〜)と思います。

いやいや、ボクらの場合、そう簡単にモノを買うわけにはいかないんです。なんてったって、長い世界一周旅行。気に入った都市で買ってばかりいたら、お金は足りないし、荷物にはなってしまうし。だから、無駄なものは買わないようにしているんです(出発当時と比べて、かなり成長!)。

そんなボクだけど、セントアンドリュースは想い入れが違います。

この地にやってきて、オールドコースを歩いたことを、形に残したい・・・。

そんな想いで、記念品探しをしました。

(何がいいだろう?)

セントアンドリュースには、ゴルフショップがいっぱいあります。ゴルフショップ通り?と思えるストリートもあるくらい。学生時代は、上野の御徒町をよく歩きました。最近、どうなっているのか分かりませんが、ゴルフショップがたくさんあって、ウェアやクラブを見比べていたころを思い出しました。

そして、1軒、1軒入っていきます。

すると、セントアンドリュースと書かれた品物がいっぱい並んでいるんですね。ゴルフボールにはじまり、ティ、マーカー、タオル、コップ、コースター、ピンフラッグ、本。絵や写真、タペストリー、トランプ・・・。よくもまぁここまで用意してくれました。まるでケーキ屋さんのショーウィンドウの前に立った気持ちのようです。

ボクが目をつけたのは、スコアカードと、マウスパットでした。スコアカードは、そのゴルフコースのレイアウトとホール詳細などが分かるものですし、マウスパットを見ながらパソコンができたら、この聖地での思い出に浸れるしなぁ〜と思い、ボクは手にとって眺めていました。

しかし!!

(本当に要るんだろうか?)

そんな理性がささやきます。。。

そんなことをいろんなゴルフショップで繰り返し、ボクは、ゴルフキャップを選びました。一番、実用的!

ゴルフキャップすら、何十個と、かぶり比べ・・・(どれもなかなか似合わなかった?)。やっぱり藤岡氏のハンチング帽がいい!と思いつつも、お守り代わりに買ったゴルフキャップでした。いつの日か、このゴルフキャップをかぶってオールドコースでプレーしたい!

きょうさん♂


2005年08月30日
●レディースパットゴルフ

セントアンドリュースのオールドコースでは、残念ながらプレーができなかったんです。でも、同じYHAで知り合ったカナダ人から、「パットゴルフはできるよ!」と聞いて、次の日行ってみました。

オールドコースのちょっと奥まったところに、そのパットゴルフコースがあったんです。

ひとり1ポンド(=約200円)。安くてよかったぁ〜

うれしいことに、パターとボールも貸してくれるんです。

意外と来ている人は、待っている人もチラホラ。おじいちゃん、おばあちゃんが多かったように思います。

いい天気に恵まれて、さっそくプレースタート!

ちゃんと、1番から18番まであるんですよ!それに、かなり起伏の激しいアップダウンあり!!そういや、パットゴルフコースの名前は「ヒマラヤ マウンテン」だった。

なかなか難しかったんですが、さすが、きょうさん!やっぱり、上手かった。

ボールを打つ前に、しゃがんで距離を測っているのか、地面の起伏を見ているのか分からないけど、しっかり考えて、パットしている。だから、打つまでが長い〜

きょさんは、ほとんど2打だったような感じでしたね。私はというと・・・、2打もあったけど、最高6打もかかっちゃいました(恥)。

気軽に参加できるパットコース。なんだか、とーっても和やかな感じ。

こうして、パブリックコースが気軽に、そして、安くゴルフができたら、日本のゴルフのイメージも変わるだろうなぁ〜

だって、日本のゴルフは、なんとなく「贅沢遊び」って思ってしまう。道具は高いし、ゴルフコースでプレーするのも、高い。

なんか、気軽にできないのも、おじさんの「接待スポーツ」って思ってしまうのは、私だけでしょうか?

スコットランドのように、たくさんゴルフ場があって、安いコースもたくさんあったら、若い人もゴルフに興味をもつんだろうなぁ〜

あまり、ゴルフに興味のなかった私なんですが、今回のパットゴルフは、結構楽しめたので、また、どこかのパブリックコースできょうさんとプレーしたいなぁ〜と思いました。

たかさん♀


2005年08月28日
●憧れセントアンドリュース

ゴルフをする人は、きっとこの場所に来たいんじゃないでしょうか。ボクのイギリス訪問は、この地に来たかったといってもいいくらい〜

そんなセントアンドリュースには、ゴルフコースがいくつもあります。最も有名なのが「オールドコース」と言われる、全英オープンも開催されるゴルフコースなんです。この2005年は、タイガーウッズがダブルグランドスラムも達成しましたね。またジャック二クラウスは引退を宣言したので、予選ラウンドで手を振る姿は、やはりさみしくもんです・・・。

さて、セントアンドリュースは、街の中心にあります。ミュアフィールドなどのメンバーシップ制ではなく、パブリックコースなので誰でもプレイすることができるんです。そしてプレーできるだけではなく、散歩までできるんですから、なんて自由なんでしょう。もちろんプレー中のゴルファーには気を配らなければなりませんが。

そんなオールドコースは、日曜日のプレーができません。コースはクローズなんです。日曜日なんて、稼ぎどきのイメージが強いので、お休みなんて信じられませんね。その代わり、コースは自由に開放されているので、飛んでくるボールを気にすることなく、18ホールをのんびりお散歩できるんです。

ボクは、そんな日曜日を見計らって、セントアンドリュース入り。早速、コース散策をはじめました。ミュアフィールドのときもそうでしたが、テレビで見慣れたゴルフコースを歩くことはうれしいです。まして、メジャートーナメントが開催されるコースなんですから、ワクワクです。スキップしてしまいそうになるくらい・・・。

1番ホールやとなりの18番ホールは、広いフェアウェイなので攻略は楽に感じますが、それ以外のホールは、ほとんどがグリーンの位置が分かりません。ピンが見えたらラッキーな方です。フェアウェイには、こぶなどのマウンドや、深いラフが横断しています。だから、チョロやトップのミスショットをしたら、ズボッと入ってしまいます。ティショットからプレッシャーですね。それに、深いラフが横断しているだけではありません。左右には、近づいたら痛そうな木が並んでいるし、盆栽を大きくしたような木があるので、中に入れたら、ロストボールです。ボールの予備は多めに・・・。

ナイスショットでフェアウェイに飛ばせたからといって、安心はできません。ここは海面?と思えるくらいに、うねっています。全英オープンのテレビ解説では、青木功が「平らなところがありません」とか言っていたけど、それ以上、バランス感覚がなくなるほどに感じました。ぐにゃぐにゃだぁ〜

そして、噂のポットバンカーはやっぱり多かった、、、大きいものから小さいものまで、こっそり隠れているんです。グリーンの方向へ飛んでいったからといって、少しでも距離が違えば、はまっちゃいます。要注意!17番ホールのグリーン手前のポットバンカーは有名ですね。グリーンの幅が狭いことを考えると、ここからのバンカーショットは至難の業。ボールが止まらなければ、グリーン奥の道路まで転がってしまいます。入れたくない!

オールドコースのグリーンは大きいんです。それもそのはず、ふたつのホールを兼用にしていたりするからなんです。例えば、2番ホールのグリーンと16番ホールのグリーンが同じグリーンなんです。東側に2番ホールのカップが切ってあり、西側に16番ホールのカップが切ってあります。だから、別のほうのグリーンにボールを乗せてしまうと、長ぁんがいパットをしなくちゃいけないんです(プロはウェッジで打ったりするみたいですが・・・)。それに、フェアウェイと同じように波打っていますから、短い距離でも真っ直ぐということはありません。大変だぞぉ〜

コース戦略だけでも頭を痛めるのに、リンクスコースには欠かせない、風と雨がついてきます。ピンフラッグは揺れっぱなし。風にボールがどれくらい流されるのかを計算してショットする必要があるし、低いボールをマスターできないと、いつまでたってもグリーンにたどり着かないということになりかねません。

オールドコースしか歩いていませんが、ミュアフィールドと同様、スコットランドのゴルフコースは、「スコアを伸ばす」というよりは、「試練に耐える」というイメージが強いです。どこまで集中力を絶やさずに、18番ホールを終了できるかがスコアアップの秘訣だと思いました。

そんな厳しいイメージの強いオールドコースですが、プロの気分になれることがひとつあるんです。

それは、多くのギャラリー(観客)に囲まれてプレーができること。まわりは、散歩中の人でにぎわっているので、いいショットには、拍手が贈られるんです。そんな拍手に向かって、手を挙げたりするのは、まるでプロゴルファーですね。

えっ? ミスショットのときは・・・?

大丈夫、ギャラリーは、見ないフリをしてくれています。。。(きっと)

ゴルフ発祥の地といわれるセントアンドリュースが、開放的なゴルフオースでよかったです。高い塀もなく、誰でも見ることができ、歩くことができる。ゴルフしなかった人でも、(やってみようかな)と思える場所だと思います。この地に来て、またひとりゴルフをはじめる人が増えるとうれしいですね。

さて、コースの下見を終えたし、プレーに備えることにしましょう。

きょうさん♂


2005年08月27日
●エディンバラのお祭り

3週間も開催されているエディンバラフェスティバルを見に来ました!フェスティバル最終日の花火も観てみたかったんですが、予定が合わず断念(悲)。

それでも街中フェスティバルムードで、大道芸人たちがたくさんいました!

ミュージカルをしていたり、手品をしていたり・・・ もう、どれを見ていいのかわからないくらい、至るところで芸を披露しているんです!

その中で、40分ほど立ち止まって見てしまった大道芸人がいました。

かなりの人でごった返し!芸はというと、さほど、大したことないのに、(大きな一輪車にのるくらい・・・)トークがおもしろい!!観客参加型で盛り上がっていく。男性観客に女装させて躍らせたり、女性の観客のハートを射止めようとしたり・・・。英語が分からなくても、楽しめるんですよ!

そして、終了とともに、時間が決まっているのか、次の人の芸が始まったんです。まるで、「8時だよ!全員集合」の次のコントに行くまでの間に曲がながれて、観客に待ってもらう時間のように(笑)。

次の大道芸人の人は、この観客のいい雰囲気を保つように、素早く、自分の芸をはじめていました。

私たちは、たった4時間の滞在だったので、すべてのフェスティバルは観られなかったけど、盛り上がっている雰囲気が感じられて、とても楽しめました。また私たちは、エディンバラに戻ってくる予定なので、そのときにゆっくり、エディンバラ城や教会を散策したいと思っています。

スコットランドの首都だったエディンバラ。すごく歴史を感じさせてくれる街の中に、恒例のフェスティバルがうまく溶け込んでいるように思えました。

たかさん♀


2005年08月26日
●チャンピオンコースを感じる

ボクにとって特別な想いがある「ミュアフィールド」
そんな「ミュアフィールド」を歩いてきました!

やったぁ〜!

トップシーズンということもあって、ビジターのプレー予約すらできず、ゴルフコースすら見ることができないのかと思っていたんです。でも、偶然出会ったKenが「ミュアフィールド」で働いているおかげで、夕方の人が少なくなった時間に歩かせてくれるよう段取りをつけてくれたんです。

世界の名門ゴルフコーストップ100の中で、「ミュアフィールド」は確か8位くらいだったと思います。メジャートーナメントも開催されるそんな素晴らしいコースが、この足で歩けるなんて〜〜 大感動!!

Kenは、スコアカードや「Muirfield」と書かれたティを「記念に」とプレゼントまでしてくれたんです。カ・ン・ゲ・キ・ィ〜!

さぁ、テレビでしかみることのできなかったゴルフコースを、トッププロゴルファーの気分で歩いてみよう!


そんなわくわく気分いっぱいのボクの気持ちとはうらはらに、天気はどんより、、、 (これが、スコットランドの天気なのか)と小雨と冷たい風を浴びながら、歩きはじめます。きっと多くのゴルファーは最初に驚くはずです。この、ラフの深さに。

こりゃ、ラフにボールを打ち込んだら、見つかるのがひと苦労!少なくとも30センチはあります。フェアウェイは30ヤードくらい。広くても50ヤードくらいですから、ティショットは厳しいですね。『全英オープン』のテレビ観戦って、ティショットをどこへ打つのか分かりにくいんです。でも実際にティグランドに立ってみても、その気持ちは同じでした。(えっ?フェアウェイはどこなの?)

そしてグリーンのうねり。結構、うねっています。カップから3メートル前後だったらバーディチャンスだけど、「ミュアフィールド」はそんなことはない!グリーンの平らなところが限られているから、短い距離でも油断できませんね。テレビでは気づきにくい傾斜を目の当たりにした気分です。

待っていました!このバンカー。ポットバンカーといわれる小さいバンカーは、ボールを出すだけ。入れてしまったらボギーは必至です。壁のバンカーが至る所に点在しています。(あぁ入れたくない、、、)

ピンフラッグが揺れるほどの冷たく強い風。降ったり止んだりする雨とも闘いながら、プロたちは、よくスコアを保てるよなぁ〜 とプロの力を感じました。ボクのあこがれ、ニックファルドもここ「ミュアフィールド」で辛抱して優勝したと思うと、その強さをつくづく感じます。

17番ホールにやってきました。『全英オープン』勝負どころなるロングホール。ニックファルドもここでしっかりバーディをとっていました。テレビで観ていると、グリーンがどこにあるのか、分からないんです。大きなマウンドがグリーンの手前にあって邪魔するんです。ありました!ありました!そのマウンドが!距離もたっぷりあるから、本当に難しい〜 ここで簡単そうにバーディを取ってくるんですから・・・やっぱりすごい!

そして最終18番ホール。クラブハウスに向かって歩いていきます。ニックファルドが耐えに耐えた最終日。彼がどんな想いでここを歩いたのかと想像すると、胸が熱くなってきました。彼がグリーンで慎重にラインを読んでいたように、ボクもグリーン奥から傾斜を見てみました。下りの軽いフックラインでした。メジャートーナメントでは、とっても早い傾斜だったと思います。

ゴルフクラブを持たずに、ゴルフコースを歩るくなんてめったいにないことです。それでも、テレビで見慣れた光景がこの目で見られて、この足で歩けて、うれしかったです。世界レベルのゴルフコースを感じ、プロの実力の高さを感じ、段取りをとってくれたKenの配慮に感謝し、実に満足な「ミュアフィールド」でした。

きょうさん♂


2005年08月24日
●6時間で消えてしまう道路

イギリスにも、フランスモンサンミッシェルのような場所があると知って行くことにしたんです。ホーリー島[Holy-Island]というニューカッスルから北へ50キロくらいのところにある島です。

てっきり陸続きで行けると思ってやってきたら、間際でブレーキ!

な、なんと道路がないんです!

何台も車が止まっていて、ちょっとしたハプニング状態。

どうやら、満潮のため道路が海の下に隠れてしまっているようです。確かに、そんな意味のことも看板に書かれています。そして、満潮、干潮の時間割みたいなタイムテーブルがあったので見てみると、この日は、11時から17時までと23時から翌朝5時が通行可能となっていました。時計を見ると19時。なんだ、今が一番満潮なんだ〜

駐車場のすぐ近くまで水が押し寄せている意味が分かりました。

それでは、仕方がありません。翌日の11時ころを楽しみにしようと、ここで待つことにしました。



翌朝5時ころに目が覚めました。ちょうど朝焼けで、いい写真が撮れそうだと、道路のほうへ行ってみたんです。

昨日よりはずいぶん道路も見えていて、だいぶ先まで歩くことができました。それでも、途中からはやっぱり道路が海の中に消えてしまっています。潮の満ち引きを感じる現象です。

そして高さのある石に登って、日の出の様子をカシャカシャ撮っていたら、潮がだんだんと満ちてきて、気づいたら石のまわりは水だらけ!

しまった!

しぶしぶ靴を濡らして脱出。そのあとも、道路を消していくように、潮が迫ってくるんです。

その様子は、まるでコップに入った牛乳をテーブルの上にこぼしたときのようでした。あっという間のことで、ボクは、ただ後ずさりするしかありませんでした。

そして、ほんの数分前に見えていた道路は、消えてしまいました。自然の偉大さでもあり、恐ろしさのようにも感じました。



そして11時近くになると、また潮が引き、道路は現れました。車の数もどっと増えて、待望のホーリー島へ無事に渡ることができました。天気もよく、窓を開けると・・・んん〜ん!潮の香りがいっぱいだぁ〜 数時間前は、海の底になっていたんだと思うと、竜宮城へ行くような気分でした。

ホーリー島は、干潮の時間帯だけ観光客がやってくる、時間限定の島なのでした。

(※ちなみに、潮の満ち引きって一日2回なんですね。これを機に、しっかり覚えました!)

きょうさん♂


2005年08月23日
●シトロエンでのドライブ

遠くに停めてある黒い車を指して、

「あれは、仕事で使っている車なんだ」

デイビッドはそう言います。(えっ、仕事?って言うことは・・・)

「これが、プライベート用」

なぬ!?

家の前に停めてあった珍しい車を指して言いました。

なんとも見慣れないカタチをしている。かわいらしい・・・そんな言葉がぴったりの車でした。あとで聞いたら、フランスのメーカーでシトロエンのパラスと言うらしい。おしゃれぇ〜〜

そしてデイビッドの提案どおり夜のドライブに連れて行ってもらうことになりました。

ボクは、助手席に。たかさんは後部座席に。座ってビックリ!

なんともクッションが柔らかい!まるでソファ。シートって、しっかりとしているほうが運転しやすかったり、座りやすい印象があったので、こんなに柔らかいシートがあることにはじめて気づきました。

そしてエンジンをかけるときに気になったことは、かなり車体が低いこと。(これじゃ、地面を擦ってしまうぞ)と思っていたら、デイビッドが「今からマジックを見せるからね」とボクらを注目させます。

!!!

おろろろ!

なんと車体が浮き上がってくるではありませんか。これまたビックリでした。

イギリスは左側通行で、右ハンドルがほとんどです。デイビッドの仕事用カーもそう。でもパラスはフランス製ということもあって、左ハンドルなんです。せかたび号と同じ。だから、普段の運転でも、右や左で頭がこんがらがることもあるんですって。そりゃそうでしょう!視界から、クラッチ、ギアの位置まで違うんですから。

それにしても、このパラス、1973年製のわりにエンジン音がとっても静か。デイビッドの華麗なギアさばきに応えるように、エンジンの回転数をスムーズに上げていました。

前の持ち主がエンジンを換えたらしく、「いい車を手に入れられた」と言っていました。それでも130万円くらいするんですから、せかたび号が何台分だろう?なんて思っちゃいました。

デイビッドはかなり飛ばし屋なのか、追い越し車線をぶんぶん飛ばしていきます。「イギリス人はみんな速いよ」って言ってましたがその通りです。だって、せかたび号は抜かされっぱなしなんですから。

ボクは、車の知識がほとんどないんです。目的地へ無事に運んでくれれば、まずOK! なんて想いが強いので、あまり車種とかこだわりがないんです。でも、デイビッドの様子を見ていると、とっても車が、このパラスが好きなんだな〜 と感じました。

愛着ある車の運転は、より楽しいドライブになりますからね。そんなことをレトロな雰囲気のあるパラスに乗せてもらって思いました。ボクも、せかたび号への愛着は負けていませんよ〜 そう思って、せかたび号の車内を片付けるのでした。

きょうさん♂


2005年08月23日
●ミレニアムブリッジの動き

ニューカッスルに、ミレニアムブリッジがあります。

とっても、おもしろい形をしているんですよ!橋って真っ直ぐが多いと思うんですけど、このミレニアムブリッジは弓なりに曲がっているんです。

歩いてみたり、写真を撮ったりしていると、あと30分ほどで橋が上がることを知って、寒かったけどそのまま待ってみたんです。

イギリスで、船が通るために、橋が動くことがよくあります。よく見かけるのは、両岸からそれぞれ上がる「ハの字」パターンや、橋が水平に回転する「Tの字」パターン。でも、このミレニアムブリッジは、途中に切断面がないんです。

じゃぁどうやって上がるの?

もしかすると、通路ごと上に引っ張られたりするんじゃないかな?

そして時間ちょうどにサイレンが鳴って、橋が動きはじめました。

ウィイ〜ン〜 橋全体が、バランスよく傾いていきます。

なんと!橋げたごと傾いていくではありませんか!

「うわぁ〜こんなふうに動く橋って、今まで見たことないなぁ〜」

「でも、橋があがったけど、船が通らなかったねっ!」と、きょうさんと話していたら、早速きょうさんは、その橋の係員に質問をしていました。

どうやら、観光客のためだけに、橋を上げてくれるそうなんです。そして、こんな風に上がる橋は、世界を見渡しても、ここニューカッスルだけなんですって!

ニューカッスルは大きい街なのに、地球の歩き方(2002〜2003年版)には案内が載っていないんです。

日本人は見かけなかったんですが、ロンドンに負けず、大観覧車があったり、大きな美術館があったり、またライトアップされたミレニアムブリッジも素敵で、とっても美しい街でした!

たかさん♀


2005年08月22日
●素晴らしい、ひとり暮らし

せかたびメルマガ『世界一周旅行術20号』でご紹介したデイビッド。
バックナンバーはこちら

気さくな彼から、「ニューカッスルに来たら、うちに泊まりにおいでよ!」って言ってくれていたんです。そんなお言葉に甘えて、本当に訪ねて行ったんです。

シベリア鉄道で出会ってから2ヶ月経つのに、とってもウェルカムで迎えてくれました。36歳の彼は、ひとり暮らし。

ほかの外国人さんのときもそうだったんですが、デイビッドもお部屋を紹介してくれるんです。「ここがキッチンだよ。こっちはトイレだよ。ここはボクのベッドルームなんだ」って。「好きに使っていいからね」と言ってくれます。うれしい〜

私が日本にいたころは、寝室はしっかり閉めて(その部屋に片付け切れなかったモノを詰め込むといった方がいいかも・・・)、見せれる部屋だけ、掃除したりしてたんですけどね(笑)。いつでも見せられる状態らしいデイビッドの部屋はきれいでした!デイビッドも「きれいにしておくのが好きなんだ」って言ってた。

デイビッドは、通信関係に仕事をしているらしく、パソコンでのメールチェックやたくさんの電話対応など、結構忙しくしていました。そんな中でも、夜には、きょうさんの好きな灯台に連れて行ってくれたり、ライトアップされたニューカッスルの街を見せてくれたりしてくれるのがうれしかったです。

2ヶ月ぶりに会う私たちに、「前よりも英語が上達したね!」って言ってくれました(嬉)。

英語は、話して、話して、いっぱい話さないと上達しないよ!とアドバイスもしてくれたんです。確かに、きょうさんは、どんどん見ず知らずの人に話しかけている・・・

ちょうど、せかたび英語ページを作ろうとしていたので、英語のニュアンスもチェックしてくれました。「理解はできるよ!」と言ってくれたので、まずはOKにしておこうと思っています。

2日間泊まらせてもらったんですが、もっといろんな話がしたかったです。

帰り際、
「イギリスで何かあったら、すぐ連絡するんだよ〜。そしてまたニューカッスルに来ることがあったらいつでも来てね。気をつけて、旅をつづけてね!」と、私たちを気にかけてくれました。彼のやさしい笑顔がとても印象的でした。

ありがとう〜 デイビッド!

たかさん♀


2005年08月21日
●サンデーローストの習慣

ついに、サンデーローストを食ました!

ロンドンでお世話になった日本の方に教えてもらっていたんです。イギリスの人は、日曜日のお昼にローストの肉をよく食べるって。

途中立ち寄った田舎のインフォメーションで、サンデーローストが食べれるお勧めのパブを教えてもらいました。

お店は、観光地の雰囲気はまったくないだけに、地元通の雰囲気を感じるおしゃれなお店でした。昼の2時近いというのに地元の人で賑わっているんですね。その習慣を感じました。

ローストは、ビーフとラム(羊)をそれぞれ頼みました。
ひとつのお皿に、ローストが3枚。それに、ゆでた野菜やジャガイモ、ヨークシャープディングといわれるシュークリームの皮だけのようなものものっていているんです。

味は、「めっちゃおいしい!!」とまでは、いかなかったけど、ボリューム満点でお腹いっぱいになりました。きょうさんも大満足!

料金は1人1,400円くらい。。。結構リッチ!

地元の人たちは、サンデーローストを食べて、そのあとにデザートと紅茶と・・・っといった感じ。(そりゃぁ太るよ〜)って思っちゃいました。

観光地から離れて、こんなイギリスの方の習慣を感じるのも旅の楽しみですね。ごちそうさまでした!

たかさん♀


2005年08月21日
●ヘイドリアンズ・ウォール

道路地図を見ていると、イギリス中部を横断するような壁が書かれてあるんです。

なんだろう?

ガイドブックを見てみると、イギリス版の万里の長城と言われるローマ人の防壁らしいんです。そこも世界遺産と聞いて、行ってきました。

昔、西のカーライルから、東のニューカッスルの先まで、延々118km も続いていたそうです。122年〜126年ごろというと、ずいぶん昔の話ですよね。北方からの侵入を防ぐために築かれたものだそうです。

防壁の高さは、私たちの身長くらいから、見上げるくらいのところまでいろいろ。広い草原に、ゆるやかなカーブを描きながら、築かれていました。すべてが、そのままの状態で残っているわけじゃないんですけど、部分的に遺跡のようになっているんです。

草原、たくさんの羊たちが黙々と草を食べている。牛たちも、そこらじゅうに糞が散らばしている。世界遺産の場所なのになぁ〜 と思いましたが、そこがまたイギリスっぽいのかもしれないなぁ〜と感じました。

それにしても、こんなにすごい防壁、作るのは大変だっただろう! 万里の長城を見たときもそう思ったんですけど、途方もない数の石を運んでくる様子を想像するだけで、ゾッとします。今のようにトラックもないし。

防壁の上を歩いてみた。

いまはこんな美しい景色だけど、当時は、ローマ人兵士たちが警備をしていたんだと思うと、ちょっぴり緊張してしまいます。

イギリスは、歴史を感じる場所がとても多い。それだけ、昔のままの状態を残し、保っているということなんだと思う。素晴らしい、芸術のような遺跡を、これからもずっと残していってほしいです。

たかさん♀


2005年08月19日
●レイク・ディストリクト

イギリスの湖水地方 [ Lake District ] では、のんびりしよう!ということで、久しぶりに同じホテルに2泊したんです。もちろん私たち夫婦の強い味方、YHAドミトリーにですけどね!

天気に恵まれ、美しい湖と古城がとても印象的でした。

あのピーターラビットを書いた人がいたところだとか・・・
有名な詩人ワーズワースが住んでいたところだとか・・・

ちょっと私たちには、苦手な方面なので、博物館などへは行ってないんですが、街を歩くだけでもゆっくりできた気がします。

しかし、ここはイギリスのリゾート地。かなりの数の観光客でにぎわっていて、ビックリしました!!。
車も渋滞があったり、遊覧船も人がいっぱい!(沈みそうなくらい!)

でも、車で中心地から離れると、静かで地元の人が湖で釣りをしていたり、泳いでいたりと、とってもいい時間が流れているんです。

そんな時間が私たちも欲しくて、小さな湖でのんびりしようとしたら・・・

となりできょうさんが、すぐに眠ってしまった。

さすがだ!!

だって、地面は痛々しい石だらけ。それに枕代わりにしているのは、石のブロック!!

そんな中、ぐっすり眠っている・・・

起きたら、石のデコボコの跡が、脚にしっかり残っていた。。。(笑)。

さすが、元添乗員!どこでも寝られる!


イギリスでは、犬と散歩している人を見かけます。

基本的には、首輪をつけているけど、湖や公園、芝生などでは首輪がはずされ、犬は喜んで駆け回っているんです。

人間の私でも羨ましいと思うくらい、のびのびと楽しそうに走っているんです。飼い主の方がクタクタになっているくらい(笑)。そんな光景を見ながら、あっという間に時間がたってしまった!

イギリスの郊外で見る羊や牛、馬、そして人々はのんびり時間を有意義につかっているようにみえる・・・

この景観がのんびり時間に変えてしまうんですね!

私たちもリフレッシュして、また、ルートを進めていきます♪

たかさん♀


2005年08月15日
●ライトハウスが好きな人

日本でも灯台好きのきょうさんは、海外でも同じだったんです。

「何で灯台好きなん?」って聞くと、

「端っこが好きなんやろぉなぁ〜」って、よく分からない答え。とにかく、ドライブしていると、まるで灯台めぐりのツアーみたいなんです。
とまぁ、私もきょうさんが、灯台の写真を撮っている間、灯台ときょうさんというテーマで写真を撮ってみました♪

こんな姿で、一生懸命撮ってるんですよ!

早くて15分ほど、長くて1時間以上は、灯台の周りをウロウロしている(笑)。
もちろん、朝の灯台、逆光の灯台、夜の灯台・・・などなど。

英語で灯台のことをライトハウス [light house] って言うんですが、きょうさんは、将来「ライトハウス」っていうカフェのような、みんなが集まる場所をつくりたいとか。。。

ん!!

それには、私も賛成!!

名前はさておき!?みんなが集まる場所というのは、いいなぁ〜。

私の好きな灯台は、青森県にある、尻屋岬灯台。
果てしない道の先にポツンと灯台があるんです。緑の芝生の中に立つ、真っ白な灯台は、JRのポスターにもなったくらいなんですよ!それは、あとで知ったんですけどね!

世界で、より素敵な灯台に出会えるかもしれないんですけど、基本的に灯台は海の端っこにあるから、探すのも大変〜 結構高い場所にあったりするから、山登り感覚くらいで歩かないといけないところも多いんです、、、(片道30分とか・・・)

でも、きょうさんが、灯台の話をするときの輝いた目!かなり惹きつけられているみたい。。。。

これからも果てしない?灯台めぐりがつづく・・・

まっ、いいかっ♪

たかさん♀


2005年08月14日
●せかたび号が、暴走車?

(もうすぐ、10,000キロだなぁ〜)

せかたび号の走行距離が、大台に突入しようとしていた頃。

ブスンッ ドスンッ!

走行中に、突然エンジン音がおかしくなりました。そして・・・

ドドドド!!!

まるで、マフラーを改造した暴走車のような音を出しはじめたのです。

(こりゃ、やばい!)と緊急停車。見てもよく分からないのに、ボンネットを開けてチェック。(いったい、突然どうしたんだろう?) アクセルを踏むたびに、近所迷惑になるような音を出すんです。

(ガソリンスタンドへ行こう!)と再度、クルマを発進。あまりにもうるさい音がでるため、アクセルが踏み込めず、すぐに後続車が詰まる渋滞を引き起こしてしまいました。

3キロほど走って、ガソリンスタンドを見つけたと思ったら、なんとその正面にクルマの修理屋さんを発見!夜7時のため、お店は閉まっているので、翌朝一番に診てもらうことにしました。

不安な夜を過ごします。フィンランドでタイミングベルトが切れた以降、何事もなく走ってきてくれたせかたび号ですが、ついに、こんなときが来てしまったか・・・と思いました。まぁ、ここまでよくがんばってくれたものです。明日は、修理屋さんでじっくり診てもらおう。


一番のお客としてせかたび号を持っていくと、修理屋の兄ちゃんは、すぐに原因が分かったようでした。

「(口で説明するより)見せてあげるよ」

そう言って、せかたび号をリフトに載せて、車体の下を見せてくれました。(へぇ〜 こうなっているんだ!)はじめてクルマの下を見て、ちょっぴり感動しちゃいました。

兄ちゃんは、割れているマフラーの真ん中を示してくれました。だから大きな音が出るんだと。確かに、パックリと筒が割れていました。(あっちゃぁ〜 これは大事だぞ・・・)。

さらに、左前輪を支えているアコーディオンのような部分も切れていてオイルが漏れていると教えてくれました。また、4輪のうち、3輪のタイヤは磨り減っているので換えた方がいいと・・・。それだけでなく、給油タンク付近も漏れていて、ブレーキの利きが弱くなっているので部品を交換する必要があると。。。

ボロボロだぁ〜〜

『泣きっ面に蜂』ということわざは、こういう心境のことを言うのでしょう。参った、、、

修理代を聞いたら、全部で350ポンド(約7万円)。ボクらの何日分の生活費なんだぁー まだまだ長い距離を走ってもらわなければなりません。高いので止めておきますという選択肢はなく、修理をお願いすることにしました。ちなみに、値段交渉してみましたが、叶わず・・・。


夕方の出来りを待って行ってみると、せかたび号は、修理工場の端で待ってくれていました。

(おぉ〜 直ったのかぁ〜!)

修理屋の兄ちゃんは、別のクルマの修理をしていました。そしてボクらが来たのに気づくと、修理状況を説明してくれました。これで、ますますがんばってくれるはずです。

エンジンのプラグも直してくれたようで、エンジンの音が前よりも静かになりました。低速になると、ガタガタと音がしていたのですが、それがなくなって、スムーズにギアチェンジができるようになりました。いい感じ!

以前にも増して、愛着がわいてきました。これからも頼むぞぉー!

きょうさん♂


2005年08月11日
●作ってもらった日本料理

フィンランドのロバニミエで出会った日本人カップルがロンドンに滞在しているということで、2泊もお世話になっちゃいました。ありがとうございます!

「料理が好きなんです」って言う彼は、日本食のお鍋とぎょうざで、おもてなしをしてくれたんです。うれしぃぃ〜!

それは、それは、

う・ま・い!!

お鍋には、手作りのつくねが入っているんです!キムチ味のちょっぴり辛さがちょうどいい〜 餃子は、皮のパリパリ感がたまらない!!日本から直接送られきたという秋田こまちのお米は、チョォー感動もんでした。

かなり、お腹いっぱい食べさせてもらった。

きょうさんは、となりでうっすら涙を浮かべていたようにみえた。食べること好きのきょうさんにも、たまらなくうれしかったと思う。確かに、涙がでそうなほど、からだにジーンときた味でした。

キッチンに入ると、たくさんの調味料があるんです。

料理を作るのが好きなんて、なんて羨ましい言葉・・・

私は、料理が得意じゃないから、料理が得意な人は、尊敬の眼差しで見てしまう。

日本食は私たちの旅を豊かにしてくれます。もちろん、お腹も豊かにするけど、何より心を豊かにしてくれます。

そして、彼らとの時間は、私たち夫婦を癒してくれます。
久しぶりに、お箸を使い、日本のお鍋を、日本人と囲んで食べました。そんな時間がたまらなくうれしいと感じるのは、やっぱり私も日本人。

彼らは、ロンドンに来て何年も経っているそうです。いろんな経験をしてきた彼らの将来も楽しみです〜。私もがんばろう!(同じ年なんだけど・・・)


このあと再び・・・居候生活させてもらうのでした。。。

たかさん♀


2005年08月10日
●イギリス道路は左側通行

オランダで車の助手席に座らせてもらったんです。左ハンドル車なので、久しぶりに右側に座ったことになります。(懐かしい、この視界)って日本での運転を思い出しました。

「日本は、右ハンドルで、左側通行なんですよ」とオランダ人パパに言ったら、

「イギリスと同じだね」って。

(えっ?イギリスは左側通行なのか!?)そんなことを思っていたら、


ホント、左側通行でした。

フェリーでドーバーに着いたら、港にはちゃんと「Drive on Left」って書いてある。

エストニアからせかたび号を運転しはじめて40日。ようやく慣れてきた左ハンドル、右側通行になのに、、、確かに、イギリスの車は右ハンドル車ばかりが目につきます。

まぁ、ハンドルはいいとして、走行車線が気になるんです。対向車と、ずっと左側にすれ違ってきたのが、右側に変わるんですからね。

それに、左に曲がるときに、間違って対向車線に入ってしまいそうで・・・どきどき。まぁ、あせらず、ゆっくりと行こうと思います。


もうひとつ驚いたことは、速度表示。

「マイル」表示なんですよ。「キロ」表示じゃないんです。アメリカと同じか・・・。

広い道なのに「50」って書いてあって、(えらい、遅いなぁ〜)と思っちゃいました。でも「マイル」表示だから、「キロ」に換算すると「80」なんですよね。

次の街への残り距離表示もマイルだから、1.6倍してイメージするようにしています。

ずっと来たかった国、イギリス。どんな発見があるか楽しみです。

きょうさん♂


2005年08月10日
●何で渡る?ドーバー海峡

2004年夏に青森の津軽半島へ行きました。そこで立ち寄った「青函トンネル記念館」で、ドーバー海峡・ユーロトンネルの仕組みが紹介されていました。

青函トンネルと同じように、列車が通ることは覚えていたんですが、車の場合はどうするんだっけ?と分からないままでした。


いざ、せかたび号でイギリスへ渡ることになって、(ドーバー海峡を、どうやって渡ろうか?)と思いました。

「列車に車を載せて、ユーロトンネルを通る」
「フェリーで渡る」

コストを抑えたいので、どちらが安いのか調べようと思い、ベルギーで旅行会社を訪ねました。でも「フランスで聞いてくれ」と詳しい情報が得られず、不安な思いのままドーバー海峡に近づいてきました。

(さぁ、どうしよう?)

せかたび号に積んでいる愛用の道路マップを見ていると、自動車道がイギリスまで通じているように見えるんです。(もしかすると、車ですぅ〜っと通れるんじゃないの?)そんな気がしました。

一応、イギリスへ渡る前に気持ちの整理をつけようと思って、フランスのカレーという街に立ち寄りました。インフォメーションセンターで「車でイギリスへ行きたいのだが、通行料はいくらですか?」と言ったら、電話番号を渡され、「そこへ電話しなさい」って。

「えっ?車で渡るのに、予約が必要なの?」と尋ねたら、「そうだ」と返答。

「フェリーとどっちが安い?」って聞いたら、「フェリーの方が安いけど、詳しいことは分からないからすぐ近くのフェリー会社へ行って聞いて」と。

フランス語圏のため、英語があまり通じなかったんです(ロシアを思い出す、、、)。ユーロトンネルをどうやって通るのか分からないけど、フェリーの方が値段が安いんだったら、フェリーにしようと思い、フェリー会社へ行きました。

そこでは英語も通じ、無事に予約をしました。帰り際にユーロトンネル通行料を聞いてみたら、「車だけの道はないよ。列車に載せて通るんだよ」と教えてもらいました。

(そっかぁ・・・だから予約が必要なんだ!)と納得。

滞在期間や、渡航人数によって値段は変わるようですが、ボクらは126ユーロ(=約17,010円)。んんん〜高い!列車だったら、いくらだったんだろう?と思いつつ、ドーバー海峡を渡りました。

きょうさん♂


2005年08月08日
●言葉の壁をこえたきずな

今から二週間ほど前のこと。コーンフレークを食べながら、リーセフィヨルドプレーケストンの駐車場で霧が晴れるのを待っていた。

続々と車がやってきて、せかたび号の左となりにもキャンピングカーが近づいてきた。ボクが扉を開けていたので、ドライバーとアイコンタクトして、駐車しやすいように扉を閉めた。年配の夫婦だった。プレーケストンには、若い人が多くやってきているように感じていたので、(めずらしいなぁ)と思った。

「もう登ったのか?」
「いや、まだなんです。晴れるのを待っているんです」

これがオランダ人老夫婦とのはじめての会話だった。

ボクらが天気が変わるのを待ち続ける間に、彼らはプレーケストンへ登り、駐車場に戻ってきた。往復4時間と聞いていたわりに早く戻ってきてビックリした。そして彼らはボクらがマカロニを食べているのを見て、「まだ待っているのか」と驚いていた。

そしてオランダへの移動ルートを尋ねているうちに、「私たちはアムステルダムに住んでいる。よかったらうちに泊まりにきなさい」と言ってくれた。

ドイツのベルリンから電話してみると、ボクらのことを覚えてくれていた。そして彼らの家に3泊も泊めてもらった。

オランダを出発するころになって、まさか、こんなに別れが寂しく、せつない気持ちになるとは想像していなかった。それほど密度の濃い充実した時間を過ごさせてもらった。



聞いていた住所を地図で探し家に到着。到着するなり、「よく来たな。私たちは、君たちが今どこにいるのだろうかとずっと考えていたんだよ!」と大きなハグで迎えてくれた。プレーケストンでの、ほんの数十分の出会いだったのに、こうして迎えてくれることにビックリした。

「あの後、どこへ行ったんだ?」「オランダではどこへ行きたいと考えているんだ?」そんな風にボクらのことを気にかけてくれる。うれしかった。
洗濯物があれば出しなさいと言ってくれる。(おっ!なんで知っているんだ?)と恥ずかしながらもありがたく、自動洗濯機のお世話になる。

3階建ての広い家だった。ランニングのコーチをしているらしい。どうりでプレーケストンも速かったんだ。3階の部屋には、トレーニングマシンや、冬の出番を待つクリスマスツリーが置いてあった。65歳でふたりきりの暮らしだ。

ママは「明日は私が料理をつくるの。今日はレストランへ行くのよ」と言った。パパは「特別な日は外で食事をするんだ。こうして君たちがやってきた今日のようにね」と言ってくれた。レストランでも、「食べなさい。食べなさい。もっと食べなさい」と言ってくれる。「たまにはマカロニ以外の食事もいいだろう」と笑っていた。もちろん、そのとおり!久しぶりの十分すぎる食事に、ついガッツいてしまった。

一緒にいる時間、「何か聞きたいことはないか」と声をかけてくれ、辞書や百科事典、インターネットを屈指しながらボクらにいろんな話をしてくれる。ふたりとも65歳なのに、よく動くし、バイタリティがあると思った。ボクは、日本語を話さない日が続くと思えば、精神的にしんどいと思う。彼らは、「私たちは英語を習っていない」と言いながらも、普段使わない言葉を一生懸命話してくれる。そんな姿勢を尊敬した。

ママの食事もおいしかった。「もし、ボクらがあの場所に車を停めていなかったら、あなたたちとは出会わなかったし、こうして一緒に食事をすることもなかっただろう」。そう言うと、「あなたたちとは、宿命だったと思う。出会ったことがミラクルだ」と。なんて粋な言葉を言ってくれるんだろう。「月曜日にあなたたちが出発したら、もう二度と会わないかもしれないのよね」と涙ぐむママ。まるで、ずっと一緒に過ごしてきた家族と別れるときのように、思わず、ボクも泣いちゃいました・・・。

「これからのスケジュールは立てているのか?もしあれば、教えて欲しい。そうすれば、今あなたたちがどこにいるのか分かるから」。

彼らは最後までボクらのことを気にかけてくれていた。そしてクリスマスツリーに飾られていたクマの人形を渡してくれた。

「私たちとの出会いを思い出してね」と。

「あなたたちはファミリーよ」と、別れをしのび、日本の歌を捧げ、ボクらとせかたび号は出発した。車中、無言の時間が続く。ボクらは感謝し、涙していた。オランダ人老夫婦が与えてくれた数々の気持ちを振り返っていた。

知り合ってからの時間がたとえ短くても、言葉の壁で十分な会話ができなかったとしても、気持ちを伝えることはできるし、お互いを想いあえることができると感じた。



きょうさん♂


2005年08月07日
●日本料理を食べてもらう

お世話になったオランダ人夫妻に少しでも恩返しをしたいと思って、きょうさんと一緒に日本食を作った。

考えた献立は、「肉じゃが」「ポテトサラダ」「照り焼きチキン」そして「ライス」だ。

しょうゆがなかったので、パパのケシーにアジアショップをインターネットで探してもらい、に材料の買出しにも付き合ってもらった。そこでは、すき焼きのタレとしょうゆを買い、食材もスーパーで用意した。

ガスコンロがある広いキッチンには鍋もたくさんあり、事前のイメージどおり作っていくことができた。

途中、何度もママのロニーがキッチンにやってきて、様子を伺う。照れ笑いしながら今の気持ちを辞書で見せてくれると「詮索好き」だった。 なぜかというと、このキッチンを作ってロニーに料理を作ったのは私たちがはじめてだったらしいから。いつもロニーが料理をしているという。それは、気になると思う。

おそよ2時間かかって終了。

さすがに、ひと口目を食べてもらうときは、ふたりとも緊張した。

さて、お味は・・・

「うんんん〜!おいしー!おいしー!」と何度も言ってくれる。3杯もお皿にお代わりしてくれて、あっという間になくなってしまった。

この世界一周旅行ではじめて、外国人に日本食を紹介できた。それが、とてもうれしい。

昨日は、ママのローニーがオランダ料理を作ってくれた。分厚い、肉のステーキにゆでたジャガイモやさやえんどう、にんじんなどを添えてくれて、とてもおいしかった。

こうして異文化交流をこれからもたくさんの国としていきたいと思う。また、もっと日本のことも知ってもらいたいと思う。

たかさん♀


2005年08月07日
●オランダ風車と堤防を知る

オランダといえば、風車。それにチューリップとチーズ運びが見たい!と思っていた。

添乗員のころ、オランダと言えば、長崎にあるハウステンボスがイメージにあった。実際にオランダに来ると、確かにハウステンボスを思い出す街並みがここにあった。正直言うと、ハウステンボスの方がきれい。

残念ながら、チューリップは4月に咲くので、広い畑は一面、緑だった。またチーズ運びは、近くの場所でやっているのだが、毎週金曜日ということで、今回は見れなかった。

しかし、風車はたっぷりと見られた。その技術はとても素晴らしかった。

風車の仕組みはよく知らなかった。

連れて行ってもらったミュージーアムで聞くところによると、オランダの昔は、あたり一面沼池や湿原だったらしい。そんな場所に人間が住むということは、なかなか難しかったようだ。多数の堤防や水門なども、嵐などでたびたび削られて、土地がどんどん水に埋まっていく。オランダの人たちはずっと苦しめらていたんですって。

そんなとき(15世紀)に、風車が作られた。

風の力を利用して、水をくみ上げるのだ。ひとつの風車だけではなく、次の風車でまた水をくみ上げ、さらに次の風車で水をくみ上げて、どんどん水を吸い上げていく。そうすると、水がなくなった沼地が乾燥し、土地になるという。こうして土地が増えて、今のようにじゃがいもやとうもろこしがたっぷりと作られるようになったらしい。

素晴らしい仕組みを当時の人は考えたもんだ。風車の中に入って歯車を見ているとそう思う。そんな風車も19世紀には、電気の登場で、ほとんどがなくなってしまった。今のオランダに残っている風車はとても貴重だ。

昔は、この風車の中で人々は暮らしていた。台所や、ベット、トイレもあり、意外と中は広い。

オランダの街や村を車で走っていると、本当にビックリする。右の川と左の川の背の高さが違うのだ。1メートルほど違うところもある。

実際、オランダ北部一帯は、事実上海面下1メートルから4.25メートルという低地だ。そんな場所にあるスキポール空港は、もちろん世界一低い場所にある空港だ。こういった国だったからこそ必要だった風車。

そうしてもうひとつ必要だった堤防[Dike]。至るところに、堤防がある。

オランダの堤防を作る技術は、世界から必要とされいているらしい。まるで橋のような32キロもある長い堤防を車で走った。この堤防のおかげで、多くの人が住みやすくなったと思うと、作った人の功績を称えたい。

各国それぞれに適したものがあり、適した食べ物がある。また素晴らしい技術を私たちに教えてくれる。

この風車や堤防を作った発明者の『プロジェクトX』があれば、ぜひ観てみたいと思った。

たかさん♀


2005年08月06日
●アムステルダムのGAY

人の秘密が明らかになるのなら、こんな人が集まるものかと、驚いた。

アムステルダムにやってきたら、「今日は、ゲイパレード」だって。

いやいや、ボクはゲイではありません。高校生のときに、かくし芸で化粧したことがあるくらい・・・。

アムステルダムのゲイパレードは、年一回のお祭り。船に乗って、堂々と手を振るんだそうだ。

通りは人でいっぱい。川が多いので橋もよくかかっているんだが、川沿いも、橋の上も、もう人、人、人・・・。おかげで、アムステルダムのオランダらしい、ハウステンボスらしい?街並みはなかなか写真に撮れなった、、、(悔)。

船だけじゃなくて、通りも歩いているんだけど、どう見ても男だよ。それも背が高い大男。(ほんまに、ゲイなんか?催しに参加してるだけじゃないの?)なんて思ってしまった。だって、ゲイって男が惚れるくらい、女性らしい雰囲気があるって想像したからだ。

「これが、アムステルダムだよ」

となりで並んで写真を撮っていた男性が、笑いながらそう言った。なるほど、年一回しかないイベントに出くわしたのはラッキーだ。でも、欲を言えば、もっと美人を見たかった。

それにしても、大勢の人を見ていると、「秘密が明らかになる」ってことは、とっても興味をそそられることなんだと思った。

きょうさん♂


2005年08月05日
●ベンツが、ビュンビュン 

日本で、ベンツやBMWが走っているのを見ると(おぉ!いい車に乗っちゃって〜)って思う。

それがドイツにやってくると当たり前のように走っている。ドイツのタクシーなんて、ほとんどがベンツだ。

そんなドイツの自動車道(フリーウェイ)、制限時速は130キロ。はじめて表示を見たとき、(すごいなぁ〜 そんなにスピード出す車があるんかなぁ?)と思っていた。まぁ、このせかたび号に、そんなスピードは期待していないこともあったからだ。

ヨーロッパは左ハンドル車で右側通行。フリーウェイは片側2車線だ。右側の走行車線を走っていると、左側の追越車線を、速い車がどんどん走り過ぎていく。

それも、ほとんどがベンツだ。加えて、BMW、ワーゲン、アウディなど。

ビュンッー ビュンッーー

勢いよく走っていくので、風圧でせかたび号が揺れてしまうくらい・笑。(おぉ〜 こわっ!)まるでF1のサーキットに間違って入ってしまった軽自動車のように、ボクは10時10分の位置でハンドルを握り締める。

急ぐ旅ではないし、エンジンに無理をさせたくない。何より事故を起こしてはいけないと強く決意しているので、そんなにスピードを出したくない。(どうぞ、どうぞ、抜いていってください)と思いながら車線を譲っている。
周りの車が速いと、自分の車が遅く思える。路肩の幅も余裕があり、フリーウェイの周りの風景も広いので、ゆっくりスローモーションのように感じてくる。それでもスピードメーターを見ると、ちゃんと制限速度内で走っているのだから、抜き去る車は、150〜160キロは出していると思う。

事故に巻き込まれないことを切に願っている。

きょうさん♂


2005年08月04日
●ドイツ人家族に誘われて

「もしよければだけど、ハンブルクの私たちの家に招待するよ」

(えぇ〜 ほんとぉ〜!)

コペンハーゲンのユースホステルで偶然同じ部屋だったドイツ人ファミリーのお言葉に厚かましく甘えて、2日間泊まらせてもらうことにした。

日本からの観光ツアーでは、なかなか現地の暮らしは体験できない。時間や予定に自由が利きやすい世界一周の旅だからこそ実現できるようなに思う。やったぁーー

DSCF5982.JPGドイツ人ファミリーと言っても、父モスターファはモロッコ出身。家族はドイツ語で会話するらしい。それでも、ボクらとは英語で話してくれた。おかげでコミュニケーションがよくとれたと思う。ドイツ語オンリーだったら、こんな話にはならなかったはずだ。

家に着くと、ハンブルクにある観光地のパンフレットを用意してくれていた。母モニカもモスターファも、見所をいっぱい紹介してくれた。

数日前に長女のアリアちゃんの誕生日だったらしく、初日の夜、モニカとアリアちゃんとボクらの4人で遊園地へ行った。その途中、ザンクト・パウリ地区を歩いた。ハンブルクのザンクト・パウリ地区は、歓楽街として有名らしい。モニカは、「Red Light Street」と行って説明してくれた。日本語に訳すと「ピンク街」というところか。女性がずらりと通りに立っている。アメリカ映画でよく見るような光景だった。あまりジロジロ見られないところがもどかしいところだが・・・笑。

2日目はモスターファがボクらをハンブルクの中心地へ連れて行ってくれた。モニカと比べるとぶっきらぼうに感じるモスターファ。でも、大きな港やビスマルクの像を説明してくれるモスターファは、モロッコ出身なのに詳しいなぁと思った。「オレがよく行く、うまい中華料理店へ教えてやるよ」と一緒にランチへ。うぅ〜ん 懐かしい中華の味はパワーを感じる!

外国人は若く見える。モニカは47歳と聞いてびっくりした。モスターファは42歳。年下の旦那さんだ(ボクも、年上の奥さんにあこがれていたころがあったなぁ・・・)。

モスターファがいないときに、モニカに「モスターファとどこで知り合ったの?」と聞いたら、「ハンブルクで知り合った」と言っていた。

モニカがいないときに、モスターファに「モニカにとどこで知り合ったの?」と聞いたら、「モロッコで知り合った」と言っていた。

(むむむ・・・?いったいどっちなんだ?)と気になったが、ふたりとも、それ以上はあまり語らなかったので、いまひとつ突っ込めなかったことが悔しい(笑)。欧米人によく見る、熱々ぶり・・・というか、ダーリン、ハニーと言い合うような雰囲気はなく、いつも落ち着いた様子だったことがドイツっぽい重厚な感じがした。

「少しの時間しか話していないのに招いてくれてありがとうございます」

そう伝えると、

「あなたたちの世界一周旅行を応援したいだけよ」と、サラリと言ってくれた。そんな気持ちがとてもうれしかった。

時間とお金がかかることもあり、日本などアジアへは行ったことがないらしい。それでも、日本とか、日本人とか、そんな意識はまったくないようで、気軽に来客者を迎えてくれている感覚だった。そんな自然体の雰囲気がありがたく、また見習いたいと思った。



きょうさん♂


2005年08月03日
●モニカファミリーの暮らし

モニカファミリーと一緒に、ドイツの暮らしを体験させてもらった。

47歳のママ、モニカを中心に、とっても和やかな4人家族。パパのモスターファは42歳、モロッコ人。マンションの2階に暮らしている。日本よりはるかに広く、天井も高い。日本で言う、4LDKだ。10畳程のリビング、ふたりそれぞれに10畳ほどの子ども部屋が用意されている。そして、8畳くらいのパパママの寝室だ。キッチン、ダイニングで、6畳くらいだった。もちろん、バス、トイレはセパレートタイプ。また、上の階には、別の部屋があり、そこは、倉庫や洗濯物の干し場になっている。

それでいて、家賃が10万円くらいという。安いぃ〜!

私たちを迎えてくれた、リビング横のバルコニーは、一家団らんスペースのようだった。また子ども部屋には、地球儀が置かれていたり、世界地図が大きく貼ってあり、私があこがれる世界観いっぱいの部屋だった。

なんせ広い部屋なので、なつかしいフラフープまでできる。私も久しぶりにやってみたり、一緒にサッカーゲームをしたり、子どもたちとも仲良く遊ぶことができた。

ふたりの子どもたちは、伸び伸びと育っているようだった。家族の年齢から考えると、モニカは38歳で長男ヤシンくん(9歳)を産んで、40歳で長女アリアちゃん(7歳)を産んでいる。高齢出産だ。私もまだまだ大丈夫!と思った。


時々、アリアちゃんが、泣いたり、わがままを言ったり、部屋にこもったりして、モニカを困らせている。

そんな時、モニカは、「彼女(アリアちゃん)は、よくわからない、、、難しい子だわ。男の子は楽なんだけど・・・。女の子は、よくしゃべったり、よく泣いたりだわ〜」と少し疲れた表情で言っていた。

日本にいる私の友だちからも同じことを聞いたことがある。男の子と女の子、ふたりの子どもを持つ彼女も、「同姓の子ども(女の子)は、意外と難しい」と。私は、どうだったんだろう?

ドイツの主食はパンだ。きょうさんは「このパンうまいなぁ〜」と喜んでいた。

しかし日本のように凝った料理ではない。朝食も夕食も、パン。それにハムやチーズ、トマト、ツナなどを各自が好きなようにのせて食べていた。献立をあまり考えなくてもいいのかな?と思った。二日間だけだったがシャワーも毎日使わないようだし、掃除もそんなに頻繁にしないようだ。共働きだが、旦那さんがよく手伝っているようだった。

そんなことから、ドイツの主婦業は、一般的な日本のイメージよりは大変そうには感じなかった。

コペンハーゲンでのちょっとした出会いだったが、貴重な出会いとなり、素晴らしい縁を持つことができたことに感謝している。

たかさん♀


2005年08月02日
●ベルリン壁とCheckpoint

ドイツのベルリンに着いた。さすがに大都会!

私たちは、無謀にもガイドブックなしでやってきてしまった。とりあえず、車で使っているヨーロッパ地図から、中心地ブランデンブルク門を探し、そばのインフォメーションセンターにたどり着いた。

ベルリンは、そう、あの有名な「ベルリンの壁」があるところ。今は、イーストサイドギャラリーと呼ばれるところに、壁が残っているというので、早速探して行ってみた。

壁を壊す人々を描いた絵、平和を願うメッセージの絵など、大きな絵画が派手にペイントされて何百メートルに渡って並んでいる。100人以上の画家が描いたらしい。

1961年、ベルリンの壁は、1日で出来上がってしまったらしい。その後、1989年に壊されるまでは、西ドイツと東ドイツとの壁になっていた。

きょうさんとも話していたが、1989年と言えば、私たち夫婦が17歳のとき。高校生のころだ。日本でも大ニュースとして流れていたのは知っていたが、恥ずかしながら、何で壊されていたのかは、全く知らなかった。自分の世界とは、全く無関係のことのように感じていた。

ベルリン市内には、戦争の傷あとを残しているように、教会の破壊された屋根や壁がそのままになっている。広島の原爆ドームを思い出した。また観光客が集うチェックポイントという場所は、アメリカ・イギリス・フランス対、当時のソビエトとの間の重要な場所であったようだ。

逆に、お土産屋さんでは、ベルリンの壁のかけらをハガキなどと一緒に販売している。また来年のドイツワールドカップに向けて、中央駅は大工事中だったし、街中も改装、建設ラッシュだった。さらにベルリンが発展していく様子を感じる。

自分たちが幼いころは、世界の出来事は、他人事のような話だった。でもこうして、世界を観ていると、身近に感じる。今も、戦争をしている国があると思うと、ひとりの人間として平和を願わずにはいられない。

たかさん♀


2005年08月02日
●ドイツで歯医者さん体験

前話、「●噛みすぎた「ガム」の結果 」からのつづき
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トイレから戻ると、先生が待っていた。手を差し伸べられ、握手をする。(おぉ!欧米人独特のコミュニケーション。日本だったら、歯医者の先生と握手することないよな〜)と思ってしまう。

「どこでうちの歯医者を知ったの?」
「日本大使館に紹介してもらった」。

本当のことだけど、「日本国が紹介した」ということは、ここの歯医者さんにとってもうれしいことだろうな〜と思った。

「長い旅だから、日本に帰るまで治療を延ばすことはできないんだ」
「あら、いつごろ日本に帰るの?」
「2年半後なんです」
「えっ?2年半!?」

それを聞いた先生は、その場にいた受付の女性や待合室にいた看者さんにドイツ語で伝える。「わおぉ〜!」そんなジェスチャーで皆、笑いながら驚いている。まるでコントを見て笑う観客のような反応だった。そんな雰囲気に囲まれてボクの緊張も徐々にほどけていった。

アジアからやってきた風変わりな看者を歓迎してくれるように、3人の先生に囲まれてボクは治療室に通される。たかさんも見学者として治療室に入った。「ここに座ってくださいね」。日本と同じような治療台だ。
きちんと並べられた治療具、うがい水。まぶしい電灯。(はぁ、、、いやだぁ) まして、今は勝手の分からないドイツ。(ちゃんと治してくれるだろうか?)不安な気持ちを持ったまま。先生の笑顔が唯一の救いだった。

昨日、歯から外れた金属を見せる。

すぐに状況を理解してくれたようだ。上の奥歯にはめてみて、「どこも欠けていないから使えるわ」と言ってくれた。ホッとした。型から作り直す、なんて言われたら、ベルリンの滞在を延ばさなければならないところだった。

消毒剤のようなものを塗って、空気を吹きかけて、接着剤をつけて、はめこむ。クッション剤として厚手の綿を歯に挟んで・・・。治療方法は日本とまったく同じ。むしろ楽しそうに治療している先生たちの様子がほのぼのと感じた。日本の歯医者さんって、どちらかというとピリピリムードが漂っているよなぁ〜 そんな印象を持っているからだ。

綿が口から飛び出ていて、鬼の顔のようになっている。「10分、力強く噛んでいてね。そしたらもう大丈夫よ」。そう笑いながら言って、先生は治療室から出て行った。たかさんは、おもしろ半分で写真を撮っている。まぁ、治療風景が見られるこんな機会もなかなかないだろう。あとで聞いたら、「口の中がよく見えた」と言っていた。

10分後、先生が戻ってきた。はみ出た接着剤を丁寧に掃除してくれて、噛み合わせをチェック。「カチカチ噛んで・・・ Good!」どうやら無事に完了したようだ。

(よかったぁ〜 これで、安心してものが食べられる)。

そう思った瞬間、先生が何か言っている。

なになに?んん???聞き取れなかった。もう一度?

ボクに鏡を持たせてくれる。下の奥歯を指している。

あっ!金属が欠けている。そこを治療具でつつくと・・・

チクッ!!痛い!

「ちょっとした問題ね。これは2年はもたないわよ」。先生がちょっぴり困った顔をして言った。

ボクは、まだ治療台から離れられなかった。

鏡を見せてもらうと、下の奥歯に被せている金属が4分の1ほど欠けていた。まったく気づいていなかった。いったい、いつからだろう?日本に行く前に歯医者で完全治療したはずだったのに・・・。

でも、こうして上の金属が外れたおかげで、虫歯になる前?に知ることができた。これはこれで、よかったとしよう!

先生は、ボクの口を大きく開けさせたまま、アシスタントの女性と何やら相談している。ボクのすぐ目の前で、何やらドイツ語が会話されている。不思議な感覚だった。

先生は言った。

「さっき治した上の歯は、支払ってくださいね。これから治す下の歯は、私たちからのプレゼントです」。

なになに?無料でやってくれるの!?

うれしいぃー!

お礼を言うと、「いいのよ、いいのよ」みたいなジャスチェーをしてくれた。

そして、また違った接着剤のようなものを用意して、チャカチャカ、ガチガチと、治してくれた。2年以上、保てるかどうかは分からないが、ガムなどは控えた方がいいと言われた。虫歯予防のキシリトールも、はがれやすさにはかなわないのは皮肉だ。

ドイツの医療技術は発展していると聞いたことがあるので、そのまま先生に伝えてみた。すると、「フランスはもっと進んでいるみたいよ。イギリスもね」と言った。それでも、こんなフレンドリーで明るい雰囲気の歯医者さんは、なかなかないだろう。厳格なイメージの強かったドイツの印象が一気に覆ったようだった。

「日本の入れ歯の技術もすばらしいわよ」と言われ、できることならお世話にはなりたくないと肝に銘じる。歯医者さんに行く度に歯磨きに熱心になるのだが、行かなくなると意識が薄れてしまう。

「もう歯医者に行かないことを願っているわ」

別れ際、笑いながらそう言ってボクらを見送ってくれた先生たちを思い出し、「歯磨きをもっとしっかりやろう!」と、また思うのであった。

●おわり

きょうさん♂


2005年08月02日
●噛みすぎた「ガム」の結果

眠気覚ましに、ガムを噛む。

ここ1ヶ月ほど、毎日クルマを運転するようになって、日本では口にしなかったガムがすっかり身近なものとなってしまった。

(まぁキシリトールが入っているし、虫歯予防になればいいなぁ〜)

そんなことを考えながら、昨日も噛んでいると・・・

ガリッ!

鈍い音が、、、

な、なんと!上の奥歯にかぶせていた銀歯(と言うか、十字の形をした金属のかたまり)が取れてしまった・・・。

やってしまった、、、以前にもほかの歯で取れたことがある。ガムが原因なのか、取れやすいものなのか、それはよく分からないが、なんせ心地が悪い。舌触りはよくないし、食べ物も詰まるし、水を口に含めばピリッとしみそうだし・・・不快感いっぱい。

日本なら「歯医者へ行こう」とすぐ考えられるのだが、ここは外国。さぁどうしよう!?

「2年半、このままで・・・」とはいかないので、治すしかない。ちょうどベルリンに入る前日だったので、今日になって歯医者探しをすることにした。

行った先は・・・日本大使館。

ベルリンの質問もかねて、ついでに聞いてみた。「すみません、実は・・・」

DSCF5972.JPG忙しそうな中、ベルリンの歯医者さんの名刺のコピーをくれた。(助かったぁ〜!) 住所を手持ちの地図と照らし合わせて、いざ訪問!

はじめての扉を開けるときって、どきどきする。どんな室内だろうか?どんな人がいるんだろうか?どんな雰囲気だろうか?って。ましていくつになっても好きになれない歯医者。それも外国だ。言葉は通じるだろうか?治療費はいったい、いくらになるんだろうか?不安は尽きない。
ふぅ〜〜っ  大きく深呼吸。扉を開けた。


中に座っていた受付の女性が驚いた表情でボクを見る。(あら?外国人だわ!)って様子。歯医者さんが白衣なのは、ドイツも同じだ!英語で伝えたが、返ってくる言葉はドイツ語。(あっちゃぁ〜) でもジェスチャーからして、「先生は治療中だから、そこの椅子で待ってて」と言ったようだ。

椅子に座り、部屋全体をきょろきょろ見回す。

受付。広い待合室。壁には「歯みがきしっかりしましょう!」みたいなポスターが貼られてあり、棚には歯形の模型も飾られている。(なんだ日本と同じだなぁ〜)。奥を見ると、トイレのマークを発見。(あっ!そういや、ランチのあと、歯を磨いていなった!やばい〜日本人の歯は汚いなんて言われたくない・・・)うがいだけでもしておこうと、トイレへ。

鏡を見たら、顔は相変わらずの脂ギッシュ。(ひゃぁ、、、)

シャッッ!と顔を洗って、ちょっぴりスッキリ。心の準備を整えて、トイレを出る。

ニコニコと微笑む美人の先生が立っていた。


・・・つづく

きょうさん♂


2005年08月02日
●オリンピックスタジアム

ん!?

ベルリンへ向かって車を走らせていると、「オリンピックスタジアムはこちら」という表示が出ていた。

確か、日本から持っていっている地図帳に、2006年サッカーW杯決勝開催場所と書いてあった。それはこの目で見ておきたい。

表示にしたがってスタジアムに到着すると、スタジアムの正面には、オリンピックの五輪のマークがあった。昔、ここで、ベルリンオリンピックがあった場所だ。すごく、歴史を感じさせてくれる。

異様に大勢の人がいる。何か、今日は特別な日のようだ。チケット売り場から長蛇の列が続いている。とりあえず並んでみたけど、入場料を払わずに、中に入っていく人もいるみたい。。。どういうことだろう?

きょうさんが、前に並んでいた、ドイツ人夫婦に聞いてみてくれた。でも、英語が通じなくて、お互い困ってしまった。北欧と比べて、ドイツは英語を話さない人も多い。

改めて、チケット売り場へ聞きに行ってくれたきょうさん。

どうやら今日は、オリンピックスタジアムの見学ツアーを開催しているというらしい。普段見られない、選手の控え室などを45分間でじっくりみられるようだ。でも、ドイツ語だけの案内ということで、私たちはその列から離れ、自由見学ができる観覧席などを見に行くことにした。

広い!!

昔、添乗員仲間と東京の国立競技場へ日本対中国の試合を観に行ったことがあるが、そのときの印象より広く感じた。太陽に照らされて、青々と光っている芝生が眩しかった。きょうさんは、韓国ソウルのオリンピック競技場よりきれいと言っていた。

来年は、どの国がこのスタジアムで決勝戦をしているのだろう・・・

正直私は、サッカーのことは、よく知らない。でも、来年このドイツに戻ってきて、ワールドカップが観られたらいいなぁと思っている。チケットを取るのが難しいらしいけど・・・。ちょっと興味が沸いてきた、たかさんでした。


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